神様の居酒屋お伊勢



『それはほんと、人事部のミスだって。システムとか莉子にそんな小難しいこと向いてないの分かりきってるし。しかも残業代出てないんでしょ? その会社、完全にブラックじゃん』


そう。定時でタイムカードを切ってから、残業をしていたのだ。周りの先輩たちがみんなそうしていたから、それが普通なのかと思っていたけれど、俗に言う〝サービス残業〟というものだった。

結局、東京での慣れないひとり暮らしにも気持ちが滅入り、たったの三カ月で仕事を辞めて茨城の実家に帰ることになった。

夢や希望といったら大げさかもしれない。だけど、そういった類(たぐい)の将来への期待を少なからず持って社会人になったわけで、膨らんでいた風船が急にしぼんでしまったような、そんな気持ちだった。

そんな私のことを、家族はとてつもなく優しく――まるで腫れ物に触るように迎えてくれた。


『そうやって気遣われるのが申し訳なくて再就職しようとしてるけど、どこの会社の面接でもなんで前の会社を三カ月で辞めたのか聞かれて、うまくいかない? そりゃそうだわ。私が面接官でも気になるし。またすぐに辞めそうだもん』


ということで、葉月に勧められたのが神頼みである。


どうせなら日本で一番の神社に行こうと考えて、すぐさま頭に浮かんできたのは、伊勢神宮だった――。

そこで、伊勢神宮の情報をスマホで集められるだけ集めて、伊勢神宮には外宮(げくう)と内宮があるということ、外宮を参ったあとに内宮を参るのが習わしとなっていること、その外宮で祀(まつ)られているのが衣食住をはじめとする産業の守り神である『豊受大御神(とようけのおおみかみ)』ということを知り、ああもう産業の神様とか今の私にぴったりじゃないかということで、もともと名古屋の会社で面接を受ける予定があった今日、意気勇んでやってきたわけである。



「で、外宮も内宮も参ったけど、結局また不採用かあ……」


今朝面接があった名古屋の会社から早速届いた〝お祈りメール〟。もう何度も見た文面に苦笑しながら、私はまた硬くなったみたらし団子を頬張った。

家に帰ったらきっと、面接はどうだったか聞かれるだろう。それに私がまた曖昧な返事をしながら部屋に戻ったあとで、お母さんがお父さんに『ダメだったみたい』と告げるのだろう。

道行く人々は「楽しかったね」「おいしかったね」と今日一日の感想を言い合いながら、道の端に突っ立つ私に目もくれず帰っていく。

ぴゅうっと吹いた風の冷たさに首をすくめた。コートとマフラーで防寒対策をしてきたつもりだったけれど、ストッキング一枚でしのいでいる足元から全身に寒さが回る。こんなことならパンツスーツで来たらよかった、と今さら思っても遅い。


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