くまさんとうさぎさんの秘密
by 熊谷 ひとみ

前嶋親子が病室で大騒ぎを繰り広げた次の日、私の病室には、実は、珍しいお客さんがやって来た。
宇佐美さんだ。

「こんにちは。久しぶりだね。」と、宇佐美さんは言った。
「びっくりしたよ。全く変わってないから。」
言われなれた賛辞に、ちょっとうんざりする。宇佐美さんは、年を取った。私も彼も熊谷も年齢は同級生だ。
「義明くんは、くまさんにそっくりだし、俺ばっかり年取るような気がするなあ。」宇佐美さんは、楽しそうに笑った。

「前嶋さんから話聞いたよ。」
「前嶋さんから?」
「そうそう、。親父さんの方の前嶋さん」
「お父さんの方の前嶋さんね。何を聞いたんですか??」
「もうすぐ、義明くんがお兄さんになるって聞いたよ。」

私は、ため息をついた。

宇佐美さんは、真面目な顔をした。
「ひとまず、お大事にね。自分一人の体じゃないんだから。できることがあれば、言ってもらえれば協力するよ。」
「大切なお嬢さんをお預かりして、こんなことになって、本当にすみませんでした。」
私は、頭を下げた。お腹が大きいので、首からしか曲がらない。
宇佐美さんは、言った。
「謝るようなことは、何も起きてないけどね。娘が迷惑かけてないか心配してるよ。」
「優那ちゃんには、本当に仲良くしてもらってます。大事なお嬢さん預かってる私が、この年でこんなことになって、宇佐美さんは気になさいませんか??。。」
「優那にとっては、なれたもんだよ。母親の出産なんて。親の贔屓目と思われるかもしれないけど、役に立つかもしれないよ。子どもが増えるのと、財産が増えるのとは、おめでたい事だね。私は、本当におめでたい話だと思ってるよ。」宇佐美さんも、ちょっと変わってるとは思うが、でたらめに行動してるわけではない。宇佐美さんちのはっきりとした考え方がある。

「何か、やっぱり宇佐美さんすごいですね。あの優ちゃんのお父さんというか。。」

「大変な時に申し訳ないけど、実は、今日は、その事じゃないんだ。子どもたちの事について、ひとみさんとも、一度ちゃんと話しておこうと思って来た。」
「義明のことね。」
「そうだね。うちの娘と義明君の事だね。2、3日前に優那から連絡があった。」
「優ちゃんから?」
「そう。優那が、「熊谷義明君と付き合うことになった」と、言ってきた。恥ずかしいんだが、浮かれていて、呆れられやしないかと思うくらいだ。」
「あらら、節度を守りながら、今までも仲良くしてましたよ。家に連れてきた時からずっとそうなのかと思ってたけど、何かまずいことになってないかな、、。私の入院前までは、ちゃんと色々けじめは守らせていたんだけどなぁ。。」
「学生らしい、節度を持ったお付き合いをするようにと伝えてはおいた。ただまあ、私は、、そういうわけで、いろいろあっても、家に人が増えるのはめでたい事だとしか考えてない。熊谷家の方も、それで異存ないだろうかと思って、ひとみさんの考えを聞きに来たんだよ。」

「熊谷家の意向と言われたら、もう、義明が良しと言えば良しです。。私は、優ちゃんとすごす時間が大好きです。息子は優しい子です。過不足ありますが、ちゃんと前向きに、一歩ずつ踏み外さずに前に進めるタフな子でもあります。優ちゃんの事は、大事にしてると思うし、優ちゃんは、私にとっても大切な人です。」

「ありがとう。」と、宇佐美さんは言った。それから、立ち上がって、頭を下げた。
「娘をよろしくお願いします。」
「こちらこそ、とても嬉しいです。」

「ひとみさんは、これからどうするの?」
「宇佐美さん、、私、左手が悪いんです。生活にも差し支えるから、多少支援が必要なの。義明に話せてないんです。明日一旦退院だけど、前嶋さんところに転がり込むつもり。あの二人は、大丈夫かしら??」

「ひとみさんは、自分を大事にしなきゃいけないときだからさ。でもさ、、俺の考えじゃあ、若い人はほっときゃいいよ。」宇佐美さんは言った。

「昨年、一度熊谷家を訪問したんだけど、義明君にはその時に会ったよ。最近は、夏祭りで会ったし。くまさんの思い出の品をわたしといた。何か、研究者の人にとっては価値があるらしいから。俺がうろうろするより、優矢を偵察にやろうかと思ってる。お邪魔させて良いかな?」

私は、笑った。
「もう、あそこは優ちゃんの家だし、優ちゃんのお客さんなら、うちのお客さんです。私の方が、いつまで熊谷さんか分からないでしょ。」

「ああ、そうか。。」
「前嶋さんとも相談します。」
「何もかもうまくいくよ。」

「それはそうと、、義明君は、見上げるくらい大きくなっちゃったね。」

「優ちゃんも、もう女の子じゃなくなっちゃいましたね。私、はじめは、優ちゃんだって分からなかったんです。本当に大きくなって、きれいになっちゃって。。」

そう言えば、と、宇佐美さんがごそごそと何か取り出して、私に差し出した。

「これさ、うちの娘たちに代々はかせてて、何枚も同じの買ってあったんだけど、下が男の子だったから、使わないままにしまいこんであったんだ。前嶋さんから、女の子だって聞いたんだけど、良かったら使うかな?」

それは、何だか懐かしいひらひらのトレーニングパンツだった。
可愛すぎないのは、男の子に着せたんだそうだ。これだけは、可愛すぎて、やめておこうということになったらしい。
私は、思わず笑った。

「宇佐美さん、本当にありがとう。女の子がほしくてもできなくて、優ちゃんと淳ちゃんが羨ましくて仕方なかった時があったわ。フリルついたトレーニングパンツって、私にとっては、すごく欲しかったものかも。私は、ただただ羨ましくて、義明がおしりのヒラヒラ不思議そうに見てたの覚えてるもん。」

「イチゴ狩りの時さ、優那はオムツ外れなくて、言葉も遅かったから、宇佐美家は宇佐美家で、義明君と優那が同級生ってことに焦ってたんだよ。まあ、義明君がすごいんだってことで話はすんだんだけど、、女の子だし、性格だけは優しい子に育てようって。今考えたら、俺達が子育てが下手で、あの子には悪いことした。」

あの当時は、見えなかったことだなぁと思う。お互い、一番はじめの子どもだった。

「義明は、、義明は女兄弟もいないし、女心にもうといから、女の人の意見は大事にしなきゃいけない教訓話ばっかり選んで洗脳してたわ。アラビアンナイトのシュヘラザード、モルジアナ、日本書紀の須世理姫、昔話も鶴の恩返しに、天の羽衣、、。私ね、熊谷が亡くなって、再婚も考えたこと無かったし、息子の嫁にめちゃめちゃ期待してたのね。どうしても孫がほしくて、、。息子からしたら迷惑な話よね。」
「そうでもないんじゃないの。母親に愛されて育った子は、それだけで強いよ。」
「そうかなぁ。。」
「そう言えば、前嶋さんとこの息子さんも、中学校の頃、俺が指導したことあるんだよ。」
「えーっ!!」
「ひとみさんがあのヤンチャくれに捕まったって聞いて、びっくりしちゃったなぁ。」

何か、分かるような気もしたけどさ。と、宇佐美さんは言った。世間は狭い。。

「私、やっぱり、めちゃくちゃ子どもに手を出しちゃったんだよね。。」
宇佐美さんが笑う。
「男なんて、一生子どもだから、そこは心配しなさんな。」

何のフォローにもなっていない。






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