くまさんとうさぎさんの秘密

親父の背中

by 肥後橋 洋治

夏の終わりから、新しい予備校に通うことになった。
あゆみは、学校がクラブだけになって、お盆はちょくちょく差し入れしてくれるようになった。

予備校生と現役生というだけでも、気を使うだろうに、あゆみは、いつも俺の味方でいてくれた。。
「あゆみさ、もう、薄々気がついてると思うけど、、俺、地方に行こうと思って。柔道部強いとこ。」
あゆみは、ちょっとびっくりした顔をした。
「地元受けたくないのかなぁとは思ってたけど、柔道が出てくるとは思わなかったな。。」
「柔道がやりたいんじゃないんだ。農業とか食品に関すること勉強しようと思ってたんだよ。」

「そっか。食って大事だよね。」
「地元の農学部は、強いけど、就職先が大手食品メーカーとか多くてさ。成績も追い付かないし、正直、あの薬品臭い連中怖いんだ。みんながそうじゃないのは分かってるんだけど、ものすごいトラウマになっちゃって、傷口えぐるような進路選ばなくて良いかなって。」
あの予備校で飴ちゃん売ってた奴は、製薬会社の会社員の奥さん語る美女から飴ちゃんや、サプリを買い付けていた。一部では、地元の大学のサークルが関わっているとも聞いている。
「くまさんがさ、俺とサークルやりたがってたんだよ。俺さ、もう近所が怖くてしょうがないわけ。」
あゆみは、ため息ついた。
「くまさんは、良い奴だよ。」
「知ってるよ。乗り換えたければ乗り換えろよ。」
「そんなわけないじゃん。分かってるくせに。。」
「ごめんな。。ただ、進路の事は、後ろ向きな理由で決めたんじゃないんだ。」と、俺は言った。

親父は、商店街の八百屋だ。
親父がうまいという果物は、うまい。間違いなく。
親父は、あまり積極的にお客さんに話しかけないが、親父に話を聞いてから品物を選ぶ人は、絶対後悔しないと思う。
元々、その大学の柔道部が強いことは知っていて、ちょっとした興味で、親父が取引先に用事を済ませに行くついでに、付き添ってもらって見学に行った。
学祭も、本当にいろいろだ。俺は、大学のサークルが販売している無農薬野菜が、心に残った。サークルの人が、野菜に霧吹きで水をかけていた。根っこがついたまま販売されているが、野菜の色艶が違う。

俺にとって、大学祭と言えば、近所の国立大の大学祭だった。あちこちで缶ビールが販売されていて、屋台が並んで、バンドが演奏していた。

同じ農学部でも、こうまで違うのかと驚いた。カルチャーショックだった。
研究施設の中の、ブルーベリー農園も見学した。
とにかくうまい。鶏が走っていて、朝どれの卵も、とにかく美味しかった。
酒とタバコにまみれた柔道部が、この大学の柔道部にかなわないのは分かる。

「俺さ、自分の子どもには、口にいれるもんだけは妥協させたくないなあって。自分は、もう柔道はやらないけど、子どもが柔道やるなら、親にできることは何でもしてやりたい。それって、親が出したものは、どれも、腹一杯食べて大丈夫ってことじゃないかな。」

あゆみは、笑った。
「入学できたら良いね。私、別荘でもできたつもりで遊びに行くわ。」
「親が納得するかどうかっていう問題もあるけどな。」
「まだ話してないの?」
「話してない。あゆみのお母さんに見捨てられないかが1番心配。」
「大丈夫だよ。今言った理由なら。私も、洋治が美味しいって言ものに、めちゃめちゃ興味ある。」
「今回の事で、親父の有り難さもよく分かった。俺、もう2度と関わりたくない連中に出会ってしまった。慎重にならなきゃって。新しいことにチャレンジするのは、正直怖い。でもさ、俺が頑張れば、親父の代よりもっと取引先とのつながりが深められるかなって。」

親父のように、賢くなりたい。親父がうまいと言ったものはうまい。親父は、分かってて生卵食わせてくれたんだ。


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