くまさんとうさぎさんの秘密
by 熊谷 義明
盆踊りの輪の中にいると、、どこかで親父とすれ違うんじゃないかと毎年思う。何年か前にひとみがそんな事を言った。
俺とひとみは、この思いを共有している。
子どもの頃、親父と来た盆踊りと、時間を越えてつながってるんじゃないかとさえ思う。
墓に行っても親父に会える気がしないけど、ここに来ると、どこかで見ててくれてる気がする。

俺は、子どもだから、まあ、年に一回親父の追悼をするのも悪くない。親父はすごいと今でも思うし、ピンチの時には、今でも、親父の生前の言葉が俺のお守り。特に、「卑怯なやり方には、正当なやり方で勝てば良い」というやつ。別に、「ピンチ」がいつも「卑怯」から始まるわけじゃないけど、何か問題があったときには、正当なやり方、正面出口はどこかをまず考える。親父ならどうするか考えることは多い。

でも、ひとみにとって、年に一回の親父との再会は、懐かしいだけではないんじゃないだろうか。親父がなくなった事を、「振られちゃった気分」と、ひとみは言った。別れた恋人が生きていれば、悪口の1つでも言って、次に行けるかもしれないけど、、そこには、あまりに一途で幼い思いがあって、、、痛すぎた。

ひとみは、今日は、来なくて良かったと思う。前嶋さんには、ひとみを捕まえててほしい。お腹の子は、女の子だと聞いている。
俺はあんまし気にしたことなかったけど、女の子にとって、母子家庭って、辛いんじゃないだろうか。。

「くまさんのお母さん、今日はいないんだね。」と、あゆみが言った。
「ああ、ちょっと今体調崩して入院してる。」と、俺は言った。どうせ、もうじき町中に知れわたるんだろうけど、やんわりと行きたい。

「今日は、ひとみさんに会えた?」と、宇佐美が俺に言った。
「会えたけど、最初、ずっと寝ててさ。ほとんど話せてない。帰り際に目が覚めて、「体がだるい」って言ってた。ずっと点滴してるみたいだね。。」
「そっか。。絶対安静だもんね。早く良くなると良いのにね。」
「宇佐美は??今朝会えた??」
「会えたよ。同じような感じだった。」

宇佐美は、ピンチの時には、目を大きく見開く。今は、伏し目がちにしている。恥ずかしいときや、言いづらいことがあるときに、よく、伏し目がちに目をそらす。
彼女は、濃紺の紫陽花の浴衣に赤紫の毬模様の帯をしめていた。紫陽花の花言葉は「移り気」「家族団らん」と、女の子達が笑ってた。

とてもよく似合ってる。気の利いたことでも言えたら良いんだろうけど、、せめて、隣にならんで似合うように、と思う。無意識に姿勢を正す。

宇佐美は小さい。でも、とても姿勢が良い。
俺は、でかいから、ついつい小さくなろうと背中を丸めることもある。実際、後ろから「見えない」とか、「ちょっとどいて」と言われるようなこともあった。
でも、宇佐美の隣では、姿勢を正していようと思う自分がいる。
彼女を見下ろすと、いつも少し伏し目がちに見える。

洋治も、あゆみも、盆踊りが好きだ。平林のところは、お母さんが毎年婦人会でお手本を踊っている。みんな、さっさと踊りの輪に溶け込んで行った。
俺も、踊りが大好きだ。
一緒に輪に入ろうとしていたら、後ろから、えらく可愛い声がした。



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