社内恋愛狂想曲
私が握りしめた手を差し出すと、三島課長は反射的に手のひらを上にして右手を出した。

「助手席のシートの下に落ちてました」

三島課長はそれを受け取って手のひらの上に転がるものを確認すると、「あっ」と小さく声をあげた。

「これはその……この間……」

偽婚約者の私にいいわけする必要なんてないのに、三島課長は必死で取り繕おうとしている。

私はそれが真実であれ嘘であれ、三島課長とあの人との間にあったことを聞きたくはないから、せめて今まで通りの関係でいられるように最後の力を振り絞る。

「いいんです、それが誰のものでも私には全然関係ありませんから。それじゃあ三島課長、送っていただいてありがとうございました」

私の腕をつかむ三島課長の手の力がゆるんだ。

その拍子に、私はスポーツバッグを持って急いで車を降り、走ってマンションの中に駆け込んだ。

想いが叶う見込みのない人を何年も想い続けている人を好きになるなんて、やっぱり不毛すぎる。

好きな人に自分の気持ちや弱さをさらけ出せない可愛いげのない私は、恋愛にはとことん向いていないのかも知れない。


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