クールな次期社長と愛されオフィス
そう言い放った社長は、いやらしい笑みを浮かべたままデスクへとゆっくりと戻っていった。

私は「失礼します」と小さく呟くと、逃げるようにその部屋を後にした。

社長室の扉を閉めた途端、全身の力が一気に抜けていく。

しばらく、その場所で動けなかった。

足もがくがくと震えている。

「アコ」

廊下の向こうで声がして、ゆっくりとその方へ顔を向けた。

書類の束を抱えたマリカ先輩が心配そうな顔で私を見ていた。

マリカ先輩に泣きつきたい気持ちをぐっと堪えて、なんとか笑ってみる。

先輩は心配そうな表情をしながらも私に頷き、そのまま足早に秘書室長室に入っていった。

このことは誰にも知られちゃいけない。

少しでも社内にばれたらもっともっと大変なことになる。

私がひどい目にあうのはいくらでも我慢できるけど、湊に迷惑をかけることだけは絶対嫌だった。

私にできることは、一つしかない。

長い息を吐くと、自分の部屋へゆっくりと向かっていった。


その日の夜、店での仕事が終わり、帰り支度をしていた私のそばにミズキがやってきた。

「何かあったんですか?今日はずっとため息ばっかりついてましたけど」

「え?」

ぼんやりとした気持ちのままミズキの方に顔を向ける。

「最近、元気のないアコさんって珍しいから」

ミズキは私の心の中をのぞき見るようにくりくりとした目で私を見つめた。

「そうだねぇ。ちょっとね、色々あって」

私は軽く笑って言った。

「あの素敵な彼氏さんと喧嘩でもしたんですか?」

「それはないよ」

「じゃあ、どうしたんですか?私でよかったら話聞きますよ」

ミズキはそう言うと、二つ並んだ丸椅子の一つに自分が座り、私の腕を引っ張ってもう一つの椅子に私を座らせた。



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