七夕エンドロール
タイトル未編集
織姫と彦星の物語が好きだ。
ロマンチックで、女の子なら、きっと誰もが夢見る様な物語。
そんな七夕の物語が私は好きだ。
私もいつか、心からの愛せる人と、七夕の物語の様な恋をしてみたいと思う。
だけど、天の川に分かたれた二人が一年に一度しか会えないという結末だけは・・・私には、少し悲しすぎた。


「あれが織姫で・・・」
大介くんは私が望遠鏡を覗けるように場所を空けてくれる。
「ふんふん」
「あれが彦星」
「ほわぁ」
「わかった?」
「うん!」
私の笑顔を見て大介くんは満足そうに笑った。
「織姫さまと彦星さまって、人間じゃなくてお星さまだったんだねー」
うんうんと大介くんは頷いた。
「だけどさ、二人は一年に一回しか会うことができないんだ」
「え?なんでー?」
「二人は愛し合ってるんじゃないのー?!」私はグイグイと大介くんの袖を引っ張る。
大介くんは私の手を振り払ったりせず、望遠鏡を再度調節する。
「覗いてみて」
「ん・・・・・・んー?お星さまがいっぱいー!」
「それは天の川。その川が二人の間に流れていて、二人は会うことができないんだ」
「こんなに綺麗なのに?」
「うん」
「こんなにきらきらしてるのにー?」
「うん」
私は望遠鏡から目を離し、じとっとした目を大介くんに向ける。
「天の川、悪いやつだね」
「え?」
「私、天の川、嫌いになった」
「・・・・・・。ぷ、ぷっはははは」
大介くんはボケーと私の事を見た後、突然お腹を抱えて笑い出した。
そして私の膨れた頬をつんつんとつつく。
普段は嬉しいけれど、今は不機嫌モードなので、やめてよって感じ。
私、今はふざけあってきゃっきゃっする気分じゃないの。
「ああ、悪い悪い」
大介くんは相変わらず楽しそうにしながら、人差し指で涙を拭う。
でもその後、本当に悲しい顔をする。
「そうだな。悪いのは天の川だな・・・・・・。きっと、父さんと母さんも・・・・・・」
そして、大介くんはもう一度涙を拭う。
その涙が、どんな思いからこぼれた涙なのか、私にはわからなかった。

そこで私は目を覚ます。目覚ましが鳴る前に目覚めるなんてどれくらいぶりだろうか。
掛け布団から出ている顔の皮膚に、一月の凍てつく空気がきりりと刺さった。

随分と懐かしい夢を見た。
あれから六年の月日が過ぎて、私達は高校生になっていた。
あんなにカッコよくて優しかった据山大介くんは、今ではただのチャラ男になっていた。
今まで六人の女の子と付き合っていて、それもみんな美人さんのいい子ぞろい。
四番目の佐藤ゆかりちゃんなんて、毎日お弁当を作って、月に一回お菓子のプレゼントまでしていたとか。
はぁ、もったいない。
なんであんな男の子になっちゃったのか・・・・・・。
据山くんは今では髪を金色に染めて、校舎裏でタバコを吸って、授業にはろくに出ずに、喧嘩をしては他校の生徒にボコボコにされたり、ボコボコにしたりしていた。
まぁ、私も人のことは言えないけれど。
高校生にもなったのに、部活も入らないで勉強もせずに夢中になれるものも持てずに、毎日ふらふらーふらふらーと生きている。
日本大丈夫かな?こんなチャラ男と無気力女ばっかりで・・・・・・。少し日本の未来が不安・・・・・・。
まぁ、だからと言ってなにをするわけでもないのだけれど。
どうせ東京あたりの意識高い系高校生がなんとかしてくれるだろう。日本の未来なんて。
私はため息をついて、ベッドから掛け布団を引きずりながら着替えに向かう。


「いってきまーす」
私は古びた木製の引き戸をぴしゃりと閉めると、お気に入りの赤いマウンテンバイクにまたがる。
寒い。
白い息がぽっかりと雲のように私の口から吐き出される。
スカートの下にジャージを履きたい。
でも、うちのおばあちゃんが身だしなみにうるさいから、私は真冬にも関わらず、黒タイツ一枚に短いスカートをふりふりさせて今日も学校へ向かう。
マフラーに顔を深く深く沈める。

ガラッ。
教室内は暖房なんて効いていないのに、ほんわりと温かい。
人間の体温ってすごい・・・・・・。
なんて事を考えていると、後ろからぎゅーっと抱きつかれる。
「おっはよー。チトセー」
背中に当たる柔らかな感触が少し憎い。
私は自分の中学以来変わり映えのしない胸元を見下ろす。
けれど、まぁ・・・・・・この季節のスキンシップは嫌いじゃない。
人の体温ってほんと偉大。
「おはよ。花」
私は返事をすると、そのまま花を引きずるように自分の机まで向かう。
ちなみにこの神山花ちゃん。据山大介くんの現・彼女である。
据山くんは中学に入ったあたりから、沢山の女の子をとっかえひっかえという感じだった。
そしてとうとう、私の大親友である花まで毒牙にかけやがった。
おかげで据山くんは少数の人間を除いて学校中を敵に回すことになった。
なんていったって、神山花は私達の通う尾川高校のマドンナだから。
みんなのアイドルで、憧れの的だから。
そんな女の子を独り占めしようと言うのだ。しかも女の子をとっかえひっかえしているチャラ男の据山くんが。
まぁ私は、花とはそれなりにうまく続いている様なので許しているが、花を泣かせるような事があったら私が忠臣蔵よろしくかたき討ちをしに行くと心に決めている。
私のそんな気持ちを知ってか知らずか、花はほへらーととぼけた笑顔を浮かべている。
自慢でないけれど、花のこんな表情を見れるのは私くらいのものだろう。
才色兼備とはよく言ったものだけれど、この神山花こそまさしく才色兼備の女神さまに愛された才色兼備だろう。おまけに恐ろしく性格がいいと来ている。
それってもうなんだ、神とか言えばいいのだろうか?
前回の定期テスト学年四位、体力測定学年二位、その人望からクラス委員長に就任。
優等生モードのスイッチの入った花はシャカシャカなんでも卒なくこなすキャリアウーマンって感じだ。
まぁ、私の前で花がそんな優等生の表情を見せることなんてなかったけれど。


なぜ花が私なんかの親友でいるのかわからないことがあった。
そして聞いたことがある。
“花はどうして私となんかと一緒にいるの?もっと可愛かったり、面白かったり、明るい子と一緒にいたいと思わないの?”
その時、花はやはり今と同じようなにへらぁとした笑顔をして言った。
“だって、ほっとけないから”
恐らく花のその言葉に悪気はないのだろう。
花が私といる本音の理由なのだろう。
だからこそ、私はその言葉に傷ついた。
花が私と一緒にいる理由は、私が持っているものに花が惹かれたわけでなく、私がなにも持っていないからこそ、花は私をほっておくことができなかったのだ。
そう思った。
もし、もし私がいつか、自分の中にある才能なんてものに気づいて、遠く大空を羽ばたくような事があったとしても、それでも花は、今と同じように私といてくれるだろうか?
私の自慢の一番の親友でいてくれるだろうか?
たぶん・・・・・・、私は思う。たぶん、花は心からの笑顔で“おめでとー”って言ってくれて、それで、他の人の所にいってしまうんじゃないかな?
私より花の事を必要としている。そんな子のところへ・・・・・・。

「どうしたの?深刻な顔して?」
いつの間にか私の背中から離れて、私の机の前にしゃがみ込んだ花が私を上目遣いで見つめてくる。
「ん、なんでもない」
「ほんと?なにかあったら言ってね?」
花はそこでスクっと立ち上がり、私の頭を撫でてくる。
「チトセはいい子だねー」とか言っている。
「私はいつだってチトセの味方だからねー」
お前が原因で悩んでいるんだよー。
私は不満に頬を膨らますが、その事実を告げることも、柔らかく頭を撫でる手を振り払うこともできない。
あぁ。私、花のこと好き過ぎだろー。
誰にも気づかれないようにこぼした私のため息は、そっと生徒達の体温で温かくなった教室の空気に溶け込んでゆく。


「ちょ、ちょっと待ってよー。チトセー」
後ろから花の情けない声が聞こえる。
土曜日の早朝。
私はため息をついて、自転車を降りると、ふらふらしながら自転車を押している花が追いつくのを待つ。
「だからついて来なくっていいって言ったのに」
「だってこんな山奥に女の子が独りでくるなんて、危ないじゃん。変な人に襲われたらどうするの?」
「こんな山奥に変な人なんていないよ。それに私、ここのダムくるの四回目だし」
「あー私に黙って、来たでしょ?私はまだ二回しか来てない」
花はぷーと膨れて、こちらを睨みつけてくる。
「だって、休日をいっつも私に付き合わせるわけにもいかないでしょ?据山君とのデートもあるだろうし」
「私はチトセの身の安全が優先だもん」
「だから、女の子が一人でダム見に行った位で襲われたりしないよ」
それに、と私は花のテレビのモデルでも見ている様な綺麗な顔立ちと、高校二年にしては育ちの良過ぎな胸元を見て思う。
襲われるなら、君の方だろう・・・・・・。
「そんなことないよー。チトセの隠れファン多いんだよー」
私は花のその情報をかなり怪しく感じる。
「へぇ。そう。それで、そいつらの名前は?」
「名前?名前なんて言えるわけないじゃん!」
「へぇ、あ、そ」
「あ、信じてないでしょ?ほんとうだよー」
わたしは「はいはい」と言って花の言葉を聞き流す。
やがて花が気を取り直したように問いかけてくる。
「でもさ、なんでダムなの?」
「ん?」
「なんでチトセはさ、ダムなんか見にくるの?」
「んー。言ってなかったっけ?」
「むー。いつもごまかすじゃん!」
「あぁ、まぁ、別に秘密ってわけじゃないんだけどさ、少し恥ずかしくて・・・・・・。私、ダムを作る人になりたいんだよね」
「ダムを作る人?」
「うん」
「なんで?」
「それがねー」
私は頭をがしがしと掻く。
「自分でもわからないんだよねー」
「なにそれ?」
花はクスクスと笑う。私もつられて笑う。
「ぷ、あははははは」
静かな朝の山中に私達二人の笑い声がこだまする。

朝露が、青く光る常緑樹の葉の上で朝日を反射している。
鳥たちが控えめな朝の挨拶を交わしている。
私と花は学校の話や、街にできた新しい喫茶店の話なんかをしながらアスファルトの山道を進んでゆく。
寒いのに寒くなかったし、山奥に二人なのに、寂しくなかった。

「ついたー!」
眼前には朝日を反射した水面がきらきらとまるで特大の鏡の様に輝いている。
その上を五、六羽の鳥たちが編隊を組んで飛び去ってゆく。
ダムから落ちる水の音が静寂の森林に響く。
風が日照った私達の間を通り過ぎてゆく。
「すごく気持ちいいね」
風になびく髪を耳にかけながら花は言う。
「うん」
「チトセもいつかこんな大きいダムを作るのかな?」
「夢が叶えばね」
「すごいね。チトセは」
「すごい?」
花の口から発せられた意外な一言に思わず眉をひそめる。
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