天才策士は一途な愛に跪く。
隠し切れない想い。
聖人の元へと走る彼女の小さくなる背中を瑠維は
少しだけ悲しそうな表情で、小さくなるまで静かに見守っていた。

「行けよか・・。俺もたいがいだよな。」

言葉は宙へと吸い込まれていく。

瑠維は口角を上げると、エントランスの方へと足を向けようと振り返った。

その時、視線の先に見知った人物の姿を捉えて苦く笑った。

「瑠維?どうした、こんな所で。先に帰ったんじゃなかったのか?」

落ち着いた声の主はため息交じりに瑠維を見た。
南條ハイテクノロジーの社長であり、実父だった。

「社長・・。さっきここで大学院時代の友人の晶と会って。
久々に、バッタリ会ったからつい話し込んじゃって。」

「晶???
ああ、森丘・・晶くんかね。確か、二条コーポレーションの専属研究員になった女性か?」

「・・えっ、なんで晶の勤務先を?言いましたっけ??」

父が自分の友人に興味を持つようなことがあまりなかったので驚いたように瑠維は父親の目を
見て、首を傾げた。

「いや、どうだったかな。そうか・・。また今年の夏も彼女たちと別荘に遊びに行くのか?」

「はい・・。
夏休みが取れたらまたゼミの同期と何人かでうちの別荘を使わせてもらおうかと
思ってます。」

それが何だよ?

そう言おうとした瑠維は末尾の言葉だけを飲み込むようにかき消した。

「今度の東条グループで建設している新しい会員制の保養施設を使えばいいんじゃないか?
そこの会員権があるぞ。スパやレジャー施設もしっかりしているし、楽しんできたらいい。」

「そんな場所を使ってもいいんですか?
・・有難うございます。怜もテニスも楽しみたいって言ってたから喜ぶと思います。」

「そうしなさい。予約は私の名前を使うといい。」

白髪を品よく短くカットし、息子に似た愛らしい大きな瞳は年齢を経ても若い頃は
整った男性であったことを彷彿させる父だった。

その父の笑顔にいつも違和感を感じる瑠維はわざと敬語で距離感を出していた。

「はい・・。お言葉に甘えさせてもらおうかな。でも、そうだな、皆の予定を確認しないと。」

「瑠維、このままお前も一緒に帰るか?
この後何もないなら車を鈴木に回してもらってるから。それに乗りなさい。」

瑠維は渋々頷いて、早足で歩き始めた父の後をゆっくりとした足取りで辿った。

「お疲れ様でした。社長、それに坊ちゃまも。」

笑顔で出迎えた運転手は黒塗りの車のドアを開けて中へと招き入れた。

快適なレザーシートに背を預けると、さっきまでの疲れがドッと押し寄せる。

瑠維はすぐさま携帯のアプリを立ち上げて、すぐに連絡網の欄に出欠簿を作って流した。

車の中でスマホを操作しながら、横に座る父をチラリと眺めた。

いつもなら友人関係に口も出さなければ、提案などしたことがない父が何故・・?

澄ました顔の父に、一種の疑問が浮かんだ瑠維はその申し出を素直に喜ぶことは出来ずにいた。

瑠維は何故だか理解できない父の言動が気になって何度も見慣れた横顔を見上げた。

何で父さんは急に晶のことを・・・。

友人の名前や仕事先なんて興味などないはずなんだ!!

この人は自分の利になる物にしか興味を持たない人なのに・・。

ネオンの明かりで煌々と照らされた街の様子を眺めるようにしながら
瑠維の頭は父の言動の推察を続けていた。


<嫌な予感がする・・。>

瑠維は、無言の車内で言いようのない一抹の不安を覚えていた。






< 24 / 173 >

この作品をシェア

pagetop