God bless you!~第9話「その付属と、なんちゃって」・・・合同スポーツ大会
「遅っせーよ!」
右川だと思い込んで一喝した所が……違った。後輩女子だ。
「吹奏楽ですけど。あたし、呼ばれた覚え無いんだけど」
「あ……ごめん。ちょっとカン違い」
その口の利き方。
髪の色も、どこで調達したのか色合いの違うスカートも。
もっと言うと化粧も……こういうのが平気だという時点で、吹奏楽部は十分おかしいと感じる。運動系では絶対にあり得ない。男女別それぞれのキッツい先輩が目を光らせているからだ。俺的な部活あるある……男女が合同になる部活は、こうした部分が共通して甘いと感じる。
「えっと、何?」
その女子は何を頼む訳でもなく、辺りを見回した。
挙動不審。警戒レベル1。
やがて俺の隣の椅子に座ると、
「体育系だけ勝手に盛り上がって特別扱い。こっちは放ったらかしですか」
「とかって、生徒会をイジって来いと命令されたか。重森に」
女子は、ウッと詰まった。
今度は女子の刺客か。どいつもこいつも重森の手下になり下がって。
「好きなの出ろって、重森に言っとけよ。マラソンは自由参加だから」
「重森さんもだけど、あたしら出ません。無関係だから」
「あ、そう」と返す。それは命拾いした。
「あ、そうだ」とか何とか言いながら、女子がまだまだ居座る。
「何だっけ。控え室?だとかで、吹奏楽の音室を借りたいらしいけど、NGって事で。部長があの女に伝えろって事で」
非協力的は想定内。それは置いとくとして……あの女?
「バスケの回し者じゃなくて、背後霊の方」
吹奏楽に部屋を依頼したのは阿木だ。そして姑息に桂木を槍玉に挙げる。
無視して、俺はパソコンの画面に戻った。
「ね、これからどっか行かない?」
出た出た。
何故か、男子の先輩にはタメ口。急に馴れ馴れしい態度。
それが許されているという根拠の無い自信に満ちている。理解出来ない。
そんな事を云いそうな感じは最初からあった。見た目で十分警戒できる。
こういう奴に限って、何の迷いもなくツルンと言うのだ。
桂木は……奥ゆかしいと思える。
「これ、急ぐんだよ。あっちが帰るまでに渡したいから」
「そんなの、どうでも」と、女子が肩にもたれ掛かった。
何だ。
この、あからさまな誘惑は。
警戒レベル2。陰謀の匂いがプンプンするゾ。
「それも重森に言われたか」
女子の腕はわずかに緩んだ。
俺は女子を左手で押しのけて、右手でキーを打ち続ける。変換。変換。変換……学校のパソコンは、どうしてこうレスポンスが遅いんだろう。
「ねぇ、いつも一緒の……今も付き合ってるって事でいいの?」
「(今さら何だ)そうだけど」
「ふーん。ケンカするほど仲好いって感じなんだ」
「誰の事言ってんだ。つーか、先輩だろ。敬語使え」
女子が言うのは、俺と右川の事に違いない。
俺達の黒歴史は年月を経て、勝手に進化した。というか発酵している。
一人一人に、いちいち正して回るのも面倒くさい。マジ消したい。
阿木の決めた更衣室、見取り図に印を入れて……ここって窓にカーテンとかあったかな。
そんな事を思い出しながら、続けてキーを叩く。
業を煮やしてか、女子は今度は後ろから抱きついた。
匂いも感触も、永田と違う……それに一瞬だけ意識を奪われて、うっかり変なキーを押してしまい、画面がピーー!と音をたてる。
不意に、生徒会室のドアが少し開いている事に気付いた。
……誰か居る!
見ると、付属の男子が2人、隙間からこの行状を覗いていた。
「そういうの、やめろって!」
付属男子の目線が気になって、思わず強く出たら、女子はパッと離れる。
そこへ、入口の付属男子を押しのけて最悪のタイミングで入ってきたのが……桂木だった。
息を呑む。
「もう用事、終わったんでしょ!」
女子はけだるく壁に寄りかかった。「何か、うっさいの来たんですけど」
「用が無いなら出て行って」
「怖ぁ~……桂木さん、最近やけに荒れてません?」
「出てって。遊びに来るとこじゃないって言ってんの」
「何かワーワー言ってますけどぉ。桂木さんって、やたらあたしらを向こうに回しますよね。まさか人狼?今夜釣っときましょうか」
女子は、けたけた笑う。
桂木は怒りで震えている。
桂木に押し出されて、いつのまにか部屋に入っていた付属の2人が、「「ゲ!修羅場?修羅場?」」と恐る恐る様子を窺いながら、愉快そうにこの様子を見物している。彼らは、すかさずスマホを掲げて、動画撮影の体勢に入った。
マズい!
「桂木、もういいよ。全然相手にしてないから」
「うわ!ツンデレ彼女、撃沈!」「言われちゃったよ。かわいそ!」
付属男子は、この状況に釘付け。
女子の動きに合わせて、スマホが右から左へ、動く。
「桂木さん、何好い気になってんだか知らないけど。重森さんから聞いたら、あんたの彼氏、右川会長とかなり怪しいって噂だけど」
「は?いつの話してんの?」
「じゃ、議長の方、あんた、この女にヤラせてもらった?」
「どうでもいいでしょ!そんな事!」
その時だった。
バリバリと割れるような音がして、ドアが砕けた。半分外れた。
最高、最悪のタイミングで……右川だ。
「もー!何の用?!」
桂木も女子も付属男子も、固まる。
このドアは誰が治すんだよ……言葉にする余裕が無かった。
右川はリュックに両腕に、何やら買い込んだらしく、大荷物。
恐らくその状態で体当たりでドアを蹴散らした。
その顔には鮮やかに怒りが滲み出る。
呼ぶんじゃなかった。俺は、頭を抱えた。
はいはいはい!と附属男子が手を上げる。
「オレ、右川会長さんがコイツとどうとか、聞きましたけど?」
「そっちの女子と取り合いって、これマジっすか?」
共学の泥沼恋愛事情に興味津津。この一件が打越会長にどう伝わるだろう。
俺は慌てて間に入った。
「それ違うから!こいつら頭おかしいんだよ。無視!無視して!」
女子を全員まとめて変人扱い。桂木の目線が痛い。躊躇が無かったと言えば嘘になるが、今は付属男子の標的を反らすことに血眼だった。
「ねぇ、まさかと思うけど、緊急事態って……これ?」
噛み付いたのは右川だ。
その口元には、微かに笑みが浮かぶ。だがその目は少しも笑っていない。
「いや……もう終わった。帰っていい。悪かったな」
穏やかに謝った所で、右川の怒りがキレイに収まる……訳は無かった。
「は?何の冗談?スマホで脅し掛けといて、来たと思ったら頭おかしいから無視しろとかって、あんた何様!?」
「おかげでいい運動になっただろ」
「余計な体力使った!疲れた!絶対走らない!もう帰る!」
「帰れ帰れ。こっちにムダな体力使わせんな」
右川は、ブン!とリュックを振りまわして俺にぶつけようとしたが、全く命中しない。右川自身がヨロけただけ。
自身に手に負えない重さに、ゼーゼー言ってる。
オマエの大きさが荷物と大して変わらないからだ。何でそんな手に負えない程、買い込むのか。そのまま、相方の荷物に引きずられるようにして、右川は部屋を出て行った。
こっちもヘトヘトだ。ヘトヘト過ぎて、ゼーゼー言う。
桂木は納得いかない様子で黙ってはいたが、右川を追いかけるように飛び出した。ずっと我慢していた、と思う。
女子は、「かったり」と、けだるい雰囲気を振りまくと、付属側に向けて「うっせぇ。バーカ」と吐き捨てて、ぬらりと出て行った。
「「怖ぁぁ……」」と付属男子は程々に脅えつつ、「えーもう終わりかよー」「ブーッ。下がるワ」とブツブツ言いながら、名残惜しそうに部屋を出る。
ややあって……外から虫が舞い込んだ。
部活中の仲間の掛け声もする。
そこで初めて窓が開いていたことに気付いた。
「……静かだな」
思わず独り言が出る。
俺はまた1人になった。
しばらくは放心状態で呆然とする。
大会は運動系がメインで、文化系は蚊帳の外。そんな事で文句を言ってきたのは吹奏楽だけだ。その存在をひけらかしたいなら、甲子園の応援団よろしく、場外で応援でも勝手なデモンストレーションでも、何でもやればいいだろ。
……先の予算委員会。
右川にげんこつを喰らった重森が、あのまま収まるとは到底思えなかった。
やってきたと思ったら、右川本人ではなく、俺に向けて。
それも重森本人ではなく、刺客を差し向ける。
なんちゃって、にも程があると思った。一体どこまで小狡いのか。
外から陸上部の掛け声が聞こえて、そこで我に返る。
同時に、また別の付属男子が2人やって来た。
壊れたドアを訝りながら立ち止まっているので、「どうぞ」と声を掛ける。
大会の関係者かと思ったが、そうではないと言う。
今度は何だ。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけどぉ」
もう1人が、「ちょい」と、俺を手招き。
面倒くさいな。
「何?」と尋ねても、なかなか言い出さない。
それを不思議に思っていると、「ちょい」「ちょい」と、やっぱり手招きされて、何故か生徒会室の外、廊下の片隅、暗がりに連れ出される。
「ここってさ、図書コーナーって、あんのかな」
図書室か。
「あるよ」
当然。
2人は、「「やり」」と声を揃えてハイタッチ。
俺は生徒会室の中に一旦戻り、さっき出したばっかりの見取り図、図書室の場所に印をつけて2人に手渡した。ちょうど浅枝が戻ってきたので、「良かったら、案内させようか」と言うと、急に男子らは遠慮がちになり、「い、いいよ。そんな」「どういうサービスだよっ」と案内を振り切って地図を頼りに向かった。
さすが進学校。
勉強熱心というか……他校の書籍事情が、そんなに気になるもんだろうか。
ウチの図書室は自慢できる。
辞書だけは、売るほどあるゼ。
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