気がつけば・・・愛


「ごめんなさいっ」


ようやく離れると

「良かった」

クスッと笑った住職

居住スペースまで移動すると

「ちょっと待っていて下さいね」

私を部屋に招き入れて部屋を出て行った


綺麗なシンクに
食器棚も必要な食器のみで無駄がない

丸いちゃぶ台を見てクスッと笑ったところで

「お待たせしました」

作務衣に着替えた住職が戻ってきた

「何か可笑しい事がありましたか?」

「あ、いえ...。ただ、また正座かなって」

視線をちゃぶ台に落としたまま
どんどん顔が熱くなる

「あ〜、どうぞ足を崩して下さいね」

ニッコリ笑った顔にまたつられた

「さて、座っていて下さい」
申し出た手伝いを断られ

手持ち無沙汰で住職の背中を見つめる

細身だけれど身体のラインを見るだけで
鍛えられた筋肉が綺麗な姿勢を作っていることが分かる

時折振り返ってはお喋りする住職をずっと観察していた

初対面の私を食事に誘ったのは
泣いてしまった私のせい

それに素直に甘えたのは
住職の目に惹き込まれたからかもしれない

「さぁどうぞ」

お野菜達が姿を変えた精進料理に驚いた

出汁の味が効いた煮物は
サッと作ったとは思えない出来栄えで
住職との話が広がった



「食後はコーヒーにしましょう」


「え?」


「意外ですか?メリハリですよ」
そう言ってクスッと笑う住職

考えていることが言葉より伝わっている

「ミルをお願いします」

手回しのミルで豆を挽くと
ほのかに香り立つ豆

住職から与えられる
初めてを沢山貰い

気がつけば夕方になっていた


「すっかり長居してしまって……」


「いいえ...とても楽しい時間でしたね
ぜひまたお越し下さい」


夕方のお勤めに合わせて
また着替えた住職は

「山門まで」のはずが

一緒に階段を下りて
車が見えなくなるまで見送ってくれた


ーーまた来ようーー

温かい気分でハンドルを握った
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