お見合いだけど、恋することからはじめよう
彼女は建設会社を母体とする大橋コーポレーションの社長令嬢で、新卒採用しかありえないこの会社の女子事務職では「異例」の「中途採用」での入社である。
某女子大卒業後、どこにも就職せずに二十九歳になる今まで「家事手伝い」をしていたというのだが、どうやらわが社の社長の息子である独身超イケメン副社長に近づくために、あらゆる「伝手」を駆使したらしい。
その独身超イケメン副社長の富多 将吾は、スウェーデンの血が入ったクォーターで、日本でKO大学経済学部を卒業後、イギリスのケンブリッジ大のビジネススクールに留学して経営学修士を取得している三十歳である。
あたしなんて畏れ多くて話をするどころか、近づくだけでも動悸・息切れ・めまいがして、この歳で心筋梗塞になりそうだ。
目下のところ、あたしの副社長に関してのお仕事は、超多忙な彼のお昼ごはんを調達するために「吉牛」へ走ることだ。
ビジネスランチのないときの彼の昼ごはんは、時間短縮が「最重要課題」なのだ。
大橋さんは副社長の「専属秘書」を希望したらしいのだが(なんの経験もスキルもないのに逆にすごいと思わざるを得ないけれど)すでにC大の法科大学院を出て司法試験に合格し、弁護士資格を持つ島村 茂樹が就いていた。
彼の肩書には「秘書室長」も加えられているため、あたしたちの直属の上司でもある。
だから、大橋さんは島村室長にブロックされて、副社長にはおいそれとは近づけない。
(ちなみに室長も、副社長とは対極の和風イケメンな三十一歳なのだが、大橋さんは眼中にないようだ。)
大橋さんは「箱入り娘」と言えば聞こえがいいが、要するに「今までなにもしてきていない人」だった。
PCを使うと言ってもせいぜい住所録の整理や出張の必要経費の入力程度のことなのに、
『こんなのやったことないわ』
とできないようだし、コピーをお願いすれば、
『なによっ、これっ、突然止まって動かなくなったわよっ』
と用紙をすぐに詰まらせ(コピー機を叩くのはやめてほしい)、
せめてファイリングでも、と思ったら、
『なんでそんなしちめんどくさいことを、このわたしがやらなきゃなんないのよっ!?』
と逆ギレされる。
……結局、あたしがする羽目になるのだ。