カラダから、はじまる。
わたしたち家族は、ずっと港区にある国家公務員宿舎に住んでいたのだが、廃止になったのを機に同じ区にあるメトロの赤坂見附周辺にあるマンションを購入して移った。
その自宅マンションの自分の部屋で、やっと確保できた休日だというのにだらだらと過ごしていたわたしは、通勤に使っているサンローランのサック・ド・ジュールに手を伸ばした。
何の変哲もないシンプルなデザインの黒いバッグだが、サイドが蛇腹になっていて型崩れすることがないため、書類などをガンガン入れられるのだ。
ともするとイラつく気分を抑えるために、そこからバージニア エス デュオを取り出す。
封を切って、十本入りの箱から一本抜き、口に咥える。そして、軽く息を送り込みながら、コンビニで買った安物のライターで火を点けた。
すうぅーっと煙を吸い込むと、頭がくらりとする。
こんなふうにタバコを吸うのは、ひさしぶりだ。確かあの頃は、バージニア エスではなくバージニア スリムという銘柄だったはず。
当時つき合っていた広告代理店の妻子持ちが、カフェなどで待ち合わせしても、なかなか来ないうえにドタキャンも多かったから、むしゃくしゃしてつい吸うようになったのだ。
そういえば、彼からはホワイトデイにジッポーの限定品をもらっていたはずだが、どこへ遣ったのだろう?……どうせ、オイルを入れ替えないと使えないが。
その彼とは、わたしが大学を卒業して役所勤めになり殺人的な忙しさになったため、別れた。
……まぁ、そいつがまた新しくどっかのミス◯◯大を愛人にした、ってこともあるんだけれども。
あの頃はずいぶん歳上に思えた男だったが、今から思うとまだ三十半ばだったのだ。
わたしも……そう変わらない年齢になってしまった。