その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
七. 幸せへの道
 フレッドは王宮の敷地内にある、国王軍総本部の地下へと続く階段を慎重な足取りで下りた。絢爛豪華な主宮殿と違い、軍の施設は全体的に質実剛健な造りだ。なかでも地下は不気味なほど地上とは趣が異なる。石の床は足音を冷たく反響し、明かりも装飾もほとんど見られない廊下は陰気ですらある。冷気が足もとから背中まで這い上がる。

 前後を兵士に囲まれて案内された場所は、採光用の格子窓がついたきりの小部屋──地下牢の一つであった。

「お久しぶりです。フリークス卿」

 鍵を開けさせ、兵士の一人とともに中に足を踏み入れる。そこには娘と同じダークブラウンの髪を持つ、くたびれたシャツを身につけた中年の男性が床にあぐらをかいて座っていた。

「私はもう辺境伯ではない。突然こんなところへ来て、何の用だ?」

 頬はこけ、髭が伸びて疲労がにじみ出ているものの、その眼光は変わらずに鋭い。フレッドは軽く会釈をした。

「では恐れ入りますが、ラッセル殿と呼ばせていただきます。お身体の調子はいかがですか? オリヴィアが心配していました」
「問題ない。私のことより公爵家の娘としてやるべきことをやれと伝えてくれ。それより、そんなことを言いに来たのではないだろう」

 フレッドは軽くうなずくと単刀直入に本題を切り出した。


「二つほど、お願いがあって伺いました」
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