その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「……わかってしまいました?」
「うん、最初は気づかなかったけどね。どうした? 誰かにいじめられた?」
「いいえ、意地の悪いことをおっしゃるのはフレッド様くらいですわ」

 可愛げのない言葉が口をついてしまった。また不快にさせてしまう。彼女は唇を噛んだ。
 これまでは気にもとめなかったのに、彼の反応が気になって上手く振る舞えない。

「おかしいな。あなたをいじめたことなどないけれど」

 彼は気にした様子もなく、くつくつと笑ってターンする。
 フレッドのリードは上手でさりげない。相手を強引に動かすのではなく、もちろんおざなりでもなく、オリヴィアの動きやすいように動いてくれる。
 おかげでドレスの裾がもたつくことも、足がもつれることもない。
 けれど、あまり顔は覗きこまないで欲しい。動揺が伝わりそうで落ち着かない。

「少し寝不足気味だっただけです。見苦しくてごめんなさい」
「どうした?」

 フレッドが同じ問いを繰り返した。まさかさらに問いつめられるとは思わなくて、心臓がとくんと音を立てる。
 そうは言われても、彼のことを考えて眠れなかったなんて、本人に言えるものではない。

「フレッド様にお話しするようなことでは」
「そうか。……それもそうだね」

 フレッドがわずかに表情を曇らせたとき、ワルツが終わる。彼が「行っていいよ」と手を放した。

 拍子抜けした。いつもはオリヴィアの方からその場を辞すくせに、今夜はなんだか突き放されたように感じてしまう。
 やっぱり楽しくなかっただろうか。それとも彼には他に踊りたい相手がいるんじゃないか、たとえばアイリーンのような。
 またしても沈んでしまう心を持て余し、オリヴィアはささやくような声で「ではまた後ほど」と小さくお辞儀をした。

 その彼女の後ろ姿を、フレッドが苦しげな表情で見ていた。
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