その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「オリヴィア?」

 真剣な眼差しに吸い込まれるように彼女も見つめ返す。互いの視線が絡み合った。だんだんとオリヴィアの頰が熱くなっていく。どくん、と心臓が大きく脈打った。

 彼は人が悪い。最近は特に心臓に悪いことばかりする。

 それなのに目を逸らせることもできない。揺れる馬車の中で、彼女は膝上の両手をぎゅっと握りしめた。

「オリヴィア」

 フレッドが少し低い、かすれた声で再び彼女を呼んだ。外が静かな分、その声は二人のあいだにやけに大きく響いた。

「きみは僕のこともまだ怖いだろうけど、僕はきみ以外には考えられない。だから、いつかでいい。きみの速さでいいから、僕に近づいてくれないか」
「怖くはないです」

 反射的にオリヴィアは彼の言葉を訂正する。

「フレッド様が怖いのではないのです。ただ」
「ただ?」
「やっぱり、その先は求めないで、賭けはそのままにして……」

 正直に打ち明ける。怯えは根強く彼女の心に巣食っている。それは彼がどうこうというのとは全く別なのだ。本能に刷り込まれていると言ってもいい。

 フレッドが隣に席を移した。今まで彼が座っていた座面を力なく見つめる彼女の横顔を、覗きこむ。

「触れても?」

 律儀にいつも触れる前に了解を取ってくれる彼に、求めているであろうものをどうしても差し出せないことをオリヴィアは申し訳なく思った。視界がにじんで、小さくうなずく。
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