その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「お前たちには迷惑を掛けることは済まないと思っている。だがこれで大切なものが守れるなら、私は何度でもこの手を汚すことをいとわない」
「お父様はいったい何を守られたのです!」

 父親が彼女をちらりと見やる。すっとその目を眩しそうに細めた。不思議な一瞬だった。
 けれどそれはたちまち険しい顔に戻る。

「使用人も幾人かは公爵家で引き受けてくださる。身の回りの世話に不自由することはないだろう。今後のことは全ていずれ当主となるお前が判断しろ。こんな形でお前たちに全てを委ねることを許せ」

 父親が捕まり、家族がバラバラになる。フリークスの娘であることすら許されない。フレッドとの婚約は結婚を目前にして破談になった。

 大事なものが、彼女の手をすり抜け零れ落ちていく。

 オリヴィアはがくりと膝をついた。立ち上がる気力は毛ほども残っていなかった。





 四月からいよいよ今年の社交シーズンが本格的に始まったが、その中にフリークス家の者が顔を見せることはなかった。

 フリークス卿が捕らえられ、娘のオリヴィアがグレアム公爵家の養女となったことも、アルバーン伯爵家との縁談が白紙になったことも、またたくまに社交界を席巻した。

 人々は憐れみながら、そのくせその裏には嘲笑を交えてあれこれと噂し合った。

 その噂の中にはこんなものもあった。

 フリークスの不正を娘の元婚約者であるアルバーン卿令息が果断にも暴いた。その功績により、彼は宰相補佐官としての地位を確立した。

 さらには今やその端正な容姿も手伝い、ヴィオラ王女の寵愛までも獲得したのだ、と。
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