国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
 屋敷に戻ったノエリアはあれこれバタバタと働く。
 昼食の前には窓の修理を終えてしまいたいと思い、作業を半分ほど終えたところ。

「ノエリアお嬢様! また金槌などお持ちになって。怪我でもしたらどうなさいますか」

「マリエ、そこの釘を取ってちょうだい」

 スカートをたくし上げ、梯子の中ほどで侍女のマリエを見下ろし、金槌を使って下にある工具箱を指す。マリエはノエリアよりずっと年上で、最近目立ち始めた目尻の小皺を気にしているが、快活で力持ちの美人である。

「わたくしがいたしますから……ヴィリヨ様に叱られてしまいます」

「マリエは、梯子に登るのは無理でしょう。それにお兄様はそんなことでマリエを叱らないわ」

 ノエリアは、兄のヴィリヨの寝室の窓を見上げた。

「この屋敷でわたしが一番動けるのだから、働かないと。それに、この窓をいちばんに修理しないと雨風が吹き込んで大変だもん」

 数日前、強風の日で飛ばされた小石が当たり、窓が割れてしまった。そもそもひび割れが走っていたので小さな衝撃で割れてしまったのだ。廊下の窓だったのでまだ良いが、また雨が降らないうちに直したいとノエリアは思っていたのだった。1階だから虫や小動物の進入もあるかもしれない。もちろん、男手が足りないのでノエリアが率先して修理をしている。

(こういう作業、嫌いじゃないのよね)

「釘はこれでよろしいですか?」

ノエリアは工具箱から釘を取ってくれたマリエに手を伸ばす。

「ありがとう。窓ガラスを買うお金が無いから、板だけど、我慢しましょう」

「なんだってようございます。お嬢様、申し訳ございません」

「マリエが謝る必要なんてない。みんなでがんばりましょう」

 みんなと言っても、動けるのはノエリアとマリエだけ。
 父が亡くなってから、既に数人しかいなかった使用人たちに暇を出したが、マリエだけが残った。故郷に帰り第二の人生を、というこちらの申し出を断固として受けなかった。『ヒルヴェラの土地にご縁があってここにいるのです。ずっとおそばにおります』と言ってくれた。

 ノエリアの花嫁姿を見るまでは死ねないのだそうだ。
 先代ヒルヴェラ伯爵であった父サンポは体を壊して倒れ、ノエリアの花嫁姿を夢見ながら、逝った。そういう経緯もある。

 マリエはそう言ってくれるものの、貧乏だから、ノエリアは社交場にも参加できず、気付けば今年25歳になった。『行き遅れ』の部類である。

 父サンポは、祖父カリッツォがまだ存命の時分に引き継いだ事業に失敗。莫大な借金を作ってしまう。その最中に祖父カリッツォが病死。ノエリアがまだ三歳の時だった。だからノエリアは祖父の記憶があまり無い。妻を亡くしたばかりだったサンポにとっても、相次ぐ家族の不幸は辛かったことだろう。きっと悲しさを振り切るためもあったのかもしれない。父はなんとか事業を盛り返したいと、必死に頑張っていた。苦労する父の背中を見て育った。しかし長年の無理が祟って体調を崩してしまった。

 祖父はこの肥沃な土地で農耕の他に薬草栽培と加工の事業を立ち上げていた。軌道に乗って父が引き継ぎ更に拡大していくだろうと思っていた矢先の、度重なる不幸だった。
新設した加工場は稼動しないまま、いまは朽ち果て、ただの箱だ。

 事業の失敗に繋がる原因として、祖父の代で、裕福なヒルヴェラ家をやっかむ輩にあらぬ噂を流され、信用を失ってしまったのだと父は嘆いていた。祖父は王宮によく出向き、滋養として王へ薬草茶などを差し入れていたそうだ。国王から信頼も厚かった故のことだった。そこのあたりを妬まれたのだろう。しかし、子供に聞かせるものではないと、父はあまり詳しくは話してくれず、そのまま墓場まで持っていってしまった。

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