国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
 太陽が一番高い位置に来たころ、たくさんの馬の足音が聞こえ、5人程の隊列と一台の馬車が屋敷の前に止まった。

「来ましたね。行きましょう、陛下」

 ダイニングでお茶を飲んで待っていたシエルとリウは、立ち上がって玄関へ向かう。

 少し暑そうだなと思ったのだが、森に隠れるような茶色の外套を身に着けていた一隊。のんびりしたヒルヴェラの景色に異質な光景だった。

「サイル騎士団長。心配をかけて済まなかった」

 サイルと呼ばれた体の大きな男は、目の力が強く威圧する色を含んでいた。騎士団長という立場からくるものだろう。この国に多く見られるブラウンの髪で青い目をしていた。リウと同じで少し安心感もある。

「陛下。ご無事でなによりです。皆、案じておりました」

 サイル騎士団長は、シエルとリウの後ろに並んだノエリア、ヴィリヨ、マリエを険しい目で見渡した。

(どうしてそんな目で見るのかしら)

「ヒルヴェラの皆様、助けていただきありがとうございました。後日、礼をさせていただく」

 シエルがヴィリヨに握手を求めた。

「いいえ。それには及びません。完全回復までにまだ治療が必要だと思うので、戻られたらもっときちんと医者にかかってください」

 ノエリアの薬草治療で良くなっているけれど、まだ一度も医者に見せていないから、ヴィリヨが言うことも当然だった。
 シエルはノエリアにも握手を求める。怪我をしていない手が、強くノエリアの手を握った。

「……元気で。ノエリア」

「はい。陛下も」

 視線が絡み合う。ノエリアには熱が宿るけれど、シエルには伝わらないだろう。
 シエルとリウが馬車に乗り込む。頑丈そうだが目立たないようにしたのだろう、豪奢な馬車ではなかった。窓からシエルがこちらを見ている。

「お気をつけて」

 聞こえないかもしれない。ノエリアはそう声をかけた。シエルがすっと手を挙げた。ノエリアも手を振る。馬車が動き出して、シエルを遠ざけた。

(行ってしまう)

「ノエリア!」

 ヴィリヨが呼び止めた。ノエリアは自分でも気付かないうちに思わず馬車を追っていた。立ち止まって、馬車に手を振る。森に消えて見えなくなっても手を振った。
 ザクザクという足音が隣に止る。ヴィリヨだ。ノエリアの肩に置かれた手はそのままそっと頭を撫でてくれた。

「ノエリア。辛かったな」

 ヴィリヨの言葉に驚いてゆっくり振り向く。優しい兄の目は少し赤くなっていた。

(お兄様は、わたしのことを分かってくれているのね)

 しかし、ここで泣いては心配をかける。強くいなくちゃいけない。ここで強く生きなくてはいけないのだ。ノエリアは下唇を噛んだ。強く。涙が出ないように。

「お兄様。わたしは、大丈夫よ」

 泣き笑いの顔は、見られても大丈夫。この屋敷にはヴィリヨとマリエしかいない。ハギーもどこかで見ているかもしれないけれど。

 もう一度、森のほうを振り向く。もう、なにも見えなかった。

「シエル様」

 ふたりのときは名前を呼んでと言った。もう二度と会うこともないだろう。ふたりきりになることもない。今度からはひとりのときに呼ぶ。ノエリアはそんな思いを込めて、名を呼んだ。

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