国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
「一気に修理して行くよ。腕のいい大工を連れてきた」

 シエルの話を聞きながら、展開の速さについていけない。突然の訪問だから、なにも用意をしていない。とりあえず、ダイニングへ通した。

(お茶をお出ししよう)

「おい。こっちに運べ」

 ノエリアとシエルのあとを付いてきていたリウとは違う側近たちが、箱を抱えている。次々に運んできて、ダイニングにたくさん積み上げられた。

「なんですか? これ」

「開けてみたら」

 綺麗な箱だった。小さいものや大きいもの。中間ぐらいの大きさの箱を開けてみた。中のものを手に取り出してみる。

「……ドレス?」

 レースをふんだんにあしらった青色のドレスだった。小さい箱と大きい箱も開けてみる。大きい方には赤いドレス。小さい箱には靴が入っていた。

「きみに。似合うと思って」

 ノエリアは、箱の蓋を閉めた。暑さとは別に、冷や汗が出てくる。

「これはね、ハギーへ差し入れ。うまいぞ。どこかで寝ているのかな」

 シエルは袋に入ったものを引き寄せた。猫用の食べ物だろう。

「陛下、こんなことをしてもらっては困ります。修理のほかに、こんなに……」

 箱はたくさん積まれている。ノエリアは再び眩暈がした。

「俺からだ」

「困ります。本当に……あの」

「今度、王宮で開かれる晩餐会がある。そこへ、ノエリア。きみを招待したい」

(このひとは、腕の傷からばい菌が入って、頭に到達してしまったのだろうか)

 失礼にあたるから本人には言えないけれど、ノエリアはそう思わずにいられない。頭に入ったばい菌に薬草は効かないかもしれない。

「まさか。わたしのような者が出ていっていいところではありません」

「内々でやるものだからそう盛大にはやらないし堅苦しくもしない。それに、きみは俺の命の恩人だよ? 誰にも文句を言わせるものか」

「だ、だって、着ていくものが……」

 シエルが、箱を指さす。ドレス、靴。髪飾り、レース。ノエリアは、ダイニングにところ狭しと積まれた箱を見回した。すると、白い封筒が差し出された。開けてみると、招待状だった。差し出されたシエルの手。

 怪我をして転がり込んできた彼は、手負いの獣のようだった。あの刺々しさはどこで落としてきたのか、消えていた。

(わたしは、この手を、取っていいのだろうか)

 迷いながらも、おずおずと手を重ねる。この手の意味など分からない。ただ、そうしたかったから。

「お茶を、お持ちします」

「ああ、でもあまり気を遣わなくていい。夕方には帰るのだし」

 そういえば、到着時にそんなことを言っていた。突然の訪問だったけれど、帰ると言われるとやはり寂しいと思う。

「贈り物と招待状を届けに来ただけだからな」

 シエルは、優しく微笑んだ。

(ああ、こんな風に笑うひとだった)

 離れていたのは一ヶ月。なのに、一瞬でその距離が無くなる気がする。一ヶ月前の様々なことが思い出されて、ノエリアは胸がいっぱいになった。

(馬鹿だな。お礼をしに来ただけじゃないの)

 分かっている。ただ、嬉しいだけなのだ。

(また会えた。それを喜ぶくらい、罪にはならないよね……)

 ゆっくり瞬きをするシエルは、ノエリアの手を離した。
 それから、修理作業が急ピッチで行われ、たしかに腕のいい大工たちは瞬く間に屋敷の傷みを修理していってくれた。
 ノエリアとマリエは、食料を持参してきたという彼らのためにお茶と、汗を拭くものを用意し、暑さで倒れないようにジャムティーを差し入れた。リウもあれこれ駆け回り、シエルはあちこちに気を回し、現場監督として様子を見に行っていた。仕切っていたのはリウだったけれど。
 すべてが終了したときには、陽が傾き始めていた。

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