臆病な背中で恋をした
 亮ちゃんから何かを訊かれたり、話しかけられたりすることは無く。わたしが口を開かない限り沈黙が続く。あまり詮索されたくないって空気も感じながら、当たり障りのなさそうな話題だけ振ってみたり。

「そう言えば亮ちゃん、会社でも相変わらず女子に人気あるんだね」

「・・・気にしたことはない」

「・・・・・・付き合ってる人いないの?」

 恐る恐る。訊いておきながら心臓の鼓動が速まってく。

「今は仕事で手一杯だ」

 淡々と言い切られて、ものすごくほっとした自分がいた。

「そういう明里は、・・・好きな男はいないのか」

 逆に返された時。真っ先に思い浮かんだのは、ひとり以外なくて。

「好きって思えるのは,亮ちゃんだけかなぁ・・・・・・」

 ウィンドウの外を流れ去る光りと闇をぼんやり追いかけながら、思ったままを答えた。答えてから、はっと気が付いて。
 え? あれ? 今のって? 言っちゃいけないヤツ・・・?!!

 ぎょっとして運転席の亮ちゃんを思わず振り返る。後ろからだと表情は見えないし、青くなっていいやら、恥じらえばいいやら。泡を食ったようにあたふたと。

「・・・ッ、あのっ、亮ちゃん、えっとでも、好きなのはほんとだし・・・っ」

 ますます自分を追い込んでる気がしなくもない。

「付き合いたいとか、そういうんじゃなくって、その、えぇっとっ」

 もはや何を云いたいのかすら。挙動不審な小動物みたいになってるわたしを、溜め息交じりの静かな声が制する。

「落ち着け明里。いい、・・・分かってる」

 わかってる。亮ちゃんはそう言った。

 なにをどう・・・?
 頭の片隅をふと過ぎった。
 自分でも巧くカタチに出来ないあやふなモノを、亮ちゃんは分かってるの・・・?。 


 亮ちゃんはそれ以上は何も言わなかった。わたしもこれ以上、自分が何を言い出すか自信が無くなって、他はもう訊けなくなった。
 せっかく2人きりの時間が持てたのに。台無しにした自分に落ち込んで、胸の奥で何度も何度も深い吐息を漏らす。
 窓の外に視線を逃がしてみるけど、ざわざわした気持ちは膨らむばかりで、どうしていいのか惑うだけだった・・・・・・。
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