臆病な背中で恋をした
「・・・・・・明里。俺は」

 低く重い響きに。ゆるゆると顔を上げた。仄暗い眸はわたしを見ているようで、もっと深淵を見つめているような。
 亮ちゃんが薄く口を開いて何かを云いかけたその時。

「明里か?」

 不意にした声にビクッとして振り返った。少し離れた路上に足を止めてこっちを見ていたのはナオだった。
 街灯と街灯の合間で、それでも近付けば人の顔の判別が出来るくらいの夜道。我に返って亮ちゃんを振り仰ぐ。そうだ、ナオ達には知られたくなかったはず。
 さっきも何か言いかけた。何かを打ち明けようとしてくれてた。そう信じるから。理屈で考えるよりも先に咄嗟に身体と口が動いた。

「あれ、ナオ? お帰りー、ちょうど良かった!」

 何でもない笑顔で手招く。

「偶然、亮ちゃんに会ったの。ビックリしちゃったぁ」

「亮ちゃん?」

 ナオも驚いたようにこっちに寄って来る。

「うわっ、マジ、亮ちゃん?! すっげ久しぶりってか、生きてた?」

「ああ生きてる。尚人(なおと)も、見ないうちにデカくなったな」

「まあね! 亮ちゃん今なにやってんだよ? おばちゃん、全然帰ってこねぇって寂しがってんのに」

「ちょっと夜の仕事をね。バーのしがない雇われ店長さ。お袋達を驚かそうと思って連絡しないで帰って来たら、ここまで来て店から呼び戻されてね。引き返そうとして明里にバッタリ会ったって訳だ」

「え、何? じゃあ、おばちゃんに会ってかねぇの?」

「また近いうちに驚かせに来るから、今日会ったことは内緒にしててくれよ?」

 亮ちゃんはそう言って悪戯っぽく笑う。

「じゃあ悪いな。今度ゆっくりな、尚人。・・・明里も」

「おう! 待ってる」

「あ、うんっ。またね・・・っっ」
 
「ああ」

 片手を上げ離れてくその後ろ姿に思わず。名前を呼びかけた、わたし。
 半身振り返ってこっちを向いた亮ちゃん。

「・・・あけまして、おめでとうっ」

 言えてなかったって今頃思い出して。

 表情までは良く見えなかったけど、もう一度手を上げてくれた亮ちゃんは、毅然とした背中で闇の向こうに消えて行った。
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