臆病な背中で恋をした
「ひとつ訊いていいか」

 やおら腕を組み替えた津田さんが、向かい合って立つわたしを見やって僅かに視線を眇めた。

「・・・ふつう惚れた男が玄人(クロ)って知ったら、足を洗わせたいんじゃないのか。あんたまで来る必要がどこにある」

 言われた自分が一番不思議だけど、今はじめてそういう選択肢もあったのかと気付く。なるほど、みたいな表情をした筈のわたしに津田さんは怪訝そうだった。
 
「まさか本気で思わなかったのか?」

 素直に頷く。言葉を探しながら答えて。 

「亮ちゃんは社長についていくって決めてますし。そうしたいなら、わたしは止めようなんて思わないです。それに」

「・・・それに?」

「本当は亮ちゃん、家に帰ってあげたかったと思うんです。・・・でも出来ない。帰れないならわたしが傍にいればいいだけかなって」
 
 淡く微笑んでみせた。

 だって知ってる。 
 父の日も母の日も誕生日も今でもちゃんと毎年、お花やプレゼントが届くこと。おばさんがいつも嬉しそうに。
 親が望むような人生を歩むことは出来ないから。せめてもの。だとしても、それも変わらない愛情だって・・・わたしは思うの。
 
 優しさを捨てたみたいに冷たく振る舞っても。亮ちゃんは亮ちゃんだから。過去(うしろ)を振り返ったら、前に進めなくなりそうで怖いなら。その花ごと背中を。わたしが抱き締めていてあげるから。 
 ただそうしてあげたくて。

「難しいことなんて考えてないです。当たり前のことしてるだけで」 

 思ったままを言ったわたしに、津田さんは黙って目を細め。

「・・・さすが脳ミソが少ない小動物だな。羨ましい限りだよ」

 褒められたのか貶されたのか分からない言い様で肩を竦めた。
 組んでいた腕を解き、体を起こして目の前に立つと、伸ばした指をわたしの顎の下にかけて上を向かせる。

「せいぜい気を付けろ。日下さんの荷物になるならその前に俺が殺す」

 隙のない眼差しに無慈悲な冷酷さを孕み。真下社長と似た気配がした。

 はい、と答えたか答えない内に顔が迫っていて。気が付いたら口が塞がれ、入り込んで来た舌に否応なしに埋め尽くされてく。

 びっくりしている間に、された時と同じくらい唐突に離れた彼は。人が悪そうに口角を上げてみせた。

「難しいことは考えないんだろ? 単なる気まぐれだ・・・気にするな」


 ・・・・・・うわーん、亮ちゃん。なんだか津田さんがよく分からないぃ・・・。
 ムンクの『叫び』はこれで4度目・・・・・・。



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