一途な御曹司に愛されすぎてます
「……うん、大丈夫。もうすっかり納得してる」

 嘘だ。

 美千留に笑顔で答えながら、自分の心がそう訴えた。

 もう大丈夫だというなら、この胸に迫る切なさはなんだというの?

 彼の元から逃げ出して一ヵ月、いつも頭の片隅に彼の存在があって、ふと気づくと彼のことを考えている。


 階上さんと過ごした時間は短かったけれど、あの濃厚で特別な日々を忘れることはできない。

 でもおとぎ話のような美しい思い出は、思い出のままにしておいた方が幸せなんだ。

 おとぎ話は現実になったとたん、綺麗ごとではすまなくなってしまうから。


「自分の気持ちに納得しているんなら、私もそれでいいと思うけどね」


 口紅をケースにしまいながら、美千留が慰めの言葉をかけてくれる。


 階上さんとの出来事は、ぜんぶ美千留に話した。

 旅行から帰ってすぐ立ち寄った彼女のアパートで、ふたり一緒にお土産のチーズ片手にワイングラスを傾けながら、すべての話を聞き終えた後で美千留は私に言ってくれたんだ。


『すごくもったいないとは思うけれど、淳美の気持ちは痛いくらいよくわかる』


 その優しい言葉が本当にありがたかった。
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