出稼ぎ公女の就活事情。
--『リル』?
シルルが開いた扉の向こう。
大きな楕円形のクッションに寝そべる姿に、わたしは目を見張った。
フワフワとした銀色の体毛。
ピンと尖った獣の耳。
ふんわりとクッションに広がった柔らかそうな尻尾。
その姿は『リル』が大きく成長したらきっと、とわたしが思い描いていた姿と驚くほど同じで。
わたしはそんなこと、と頭の中で否定しながら、でも もしかしたら--。
そう思ってしまった。
その期待は『彼』が頭を上げてわたしを見たことで、あっという間に萎んでしまったけれど。
--藍色がかった銀色の瞳。
違う。
『リル』の瞳はもっと深い海の色だった。
濃い青の瞳。
『リル』じゃない。
がっかりとしつつも、どこかでホッとしてしまう。
何故ならわたしは--。
「隊長!さっき話した女の子だよ!」
明るいシルルの声に、ハッとして「あ、あのリディアです」と頭を下げた。
あれ?
わたし、そんなに様子がおかしかったのかしら。
なんだかじっと見られている。
鋭い眼孔に見つめられているとぎゅ~っと緊張が押し寄せてくる。
キレイで、鋭くて、少しだけ怖い瞳。
でもその瞳がわずかに細められて、目尻が下がると優しい印象が加わる。
あまりに見つめられるから、心臓がドキドキしてしまう。
どうしよう。
わたし、いま赤くなっているかも。
「……リディア」
と、落ち付いた声音がわたしの名を呼ぶ。
するとわたしの心臓は余計に早くなる。
わたしは落ち着かない鼓動と熱を帯びる頬を隠すように視線を下げた。
下げた視線の先に、クッションの脇に用意されたブラシがあった。
目の粗い固めのブラシが一つ。
細い柔らかな毛の束をいくつもまとめたブラシ。
あ、『リル』の時と同じ。
『リル』をブラッシングする時も同じような二種類のブラシを使い分けていた。
そのことを思い出すと、不思議に少し鼓動が収まった気がした。
「あの」
わたしはゆっくりと彼に近づいていく。
「触れても、いいですか?」
彼は少し驚いたように耳を震わせる。
けれどすぐに頭をクッションに下ろして身体の力を抜いてくれた。
それでわたしは彼の傍らに膝をついてそっとその背に触れる。
フワフワとした感触に、懐かしさが溢れてくる。
触れた感触も『リル』と同じ。
『リル』も彼も同じ狼だからだろうか。
わたしはまず首の付け根をマッサージするように軽く揉んでいく。
『リル』にしていたように。
『リル』が喜んでくれたように。
それからゆっくりと手のひらで背を撫でる。
リラックスしてもらえるように。
優しく、優しく。
首筋から背中、伏せた尻尾が緩やかに揺れるのを見て、耳の縁を指の腹で軽く力を入れてかく。
『リル』
『リル』
『リル』はこうしているといつの間にか瞳を閉じて小さな寝息を聞かせてくれた。
大人だからか、寝息までは聞こえて来ないけれど、藍色がかった銀の瞳は閉じている。
まぶたにかかった銀色の睫。
わたしは次に固めのブラシでそっとほつれをほぐしていく。
最後に柔らかいブラシで毛の流れを整えて、手のひらで撫でる。
「……終わりました」
頭がボーッとしていた。
懐かしさや心地よさやほんの少しの寂しさや。
いろんなものが頭の中でごちゃ混ぜになっている気分。
ぼうっとしているわたしの頬に大きな手のひらが触れた。
目の前にいるのはシーツをまとった大人の男の人。
日に焼けた肌に銀糸の肩に流れ落ちる髪、透き通った銀色の瞳。わずかにその奥に藍色が潜んでいる。
薄くて形のいい唇が開いて、
「リディ」
と、わたしの名を、愛称で呼んだ。
シルルが開いた扉の向こう。
大きな楕円形のクッションに寝そべる姿に、わたしは目を見張った。
フワフワとした銀色の体毛。
ピンと尖った獣の耳。
ふんわりとクッションに広がった柔らかそうな尻尾。
その姿は『リル』が大きく成長したらきっと、とわたしが思い描いていた姿と驚くほど同じで。
わたしはそんなこと、と頭の中で否定しながら、でも もしかしたら--。
そう思ってしまった。
その期待は『彼』が頭を上げてわたしを見たことで、あっという間に萎んでしまったけれど。
--藍色がかった銀色の瞳。
違う。
『リル』の瞳はもっと深い海の色だった。
濃い青の瞳。
『リル』じゃない。
がっかりとしつつも、どこかでホッとしてしまう。
何故ならわたしは--。
「隊長!さっき話した女の子だよ!」
明るいシルルの声に、ハッとして「あ、あのリディアです」と頭を下げた。
あれ?
わたし、そんなに様子がおかしかったのかしら。
なんだかじっと見られている。
鋭い眼孔に見つめられているとぎゅ~っと緊張が押し寄せてくる。
キレイで、鋭くて、少しだけ怖い瞳。
でもその瞳がわずかに細められて、目尻が下がると優しい印象が加わる。
あまりに見つめられるから、心臓がドキドキしてしまう。
どうしよう。
わたし、いま赤くなっているかも。
「……リディア」
と、落ち付いた声音がわたしの名を呼ぶ。
するとわたしの心臓は余計に早くなる。
わたしは落ち着かない鼓動と熱を帯びる頬を隠すように視線を下げた。
下げた視線の先に、クッションの脇に用意されたブラシがあった。
目の粗い固めのブラシが一つ。
細い柔らかな毛の束をいくつもまとめたブラシ。
あ、『リル』の時と同じ。
『リル』をブラッシングする時も同じような二種類のブラシを使い分けていた。
そのことを思い出すと、不思議に少し鼓動が収まった気がした。
「あの」
わたしはゆっくりと彼に近づいていく。
「触れても、いいですか?」
彼は少し驚いたように耳を震わせる。
けれどすぐに頭をクッションに下ろして身体の力を抜いてくれた。
それでわたしは彼の傍らに膝をついてそっとその背に触れる。
フワフワとした感触に、懐かしさが溢れてくる。
触れた感触も『リル』と同じ。
『リル』も彼も同じ狼だからだろうか。
わたしはまず首の付け根をマッサージするように軽く揉んでいく。
『リル』にしていたように。
『リル』が喜んでくれたように。
それからゆっくりと手のひらで背を撫でる。
リラックスしてもらえるように。
優しく、優しく。
首筋から背中、伏せた尻尾が緩やかに揺れるのを見て、耳の縁を指の腹で軽く力を入れてかく。
『リル』
『リル』
『リル』はこうしているといつの間にか瞳を閉じて小さな寝息を聞かせてくれた。
大人だからか、寝息までは聞こえて来ないけれど、藍色がかった銀の瞳は閉じている。
まぶたにかかった銀色の睫。
わたしは次に固めのブラシでそっとほつれをほぐしていく。
最後に柔らかいブラシで毛の流れを整えて、手のひらで撫でる。
「……終わりました」
頭がボーッとしていた。
懐かしさや心地よさやほんの少しの寂しさや。
いろんなものが頭の中でごちゃ混ぜになっている気分。
ぼうっとしているわたしの頬に大きな手のひらが触れた。
目の前にいるのはシーツをまとった大人の男の人。
日に焼けた肌に銀糸の肩に流れ落ちる髪、透き通った銀色の瞳。わずかにその奥に藍色が潜んでいる。
薄くて形のいい唇が開いて、
「リディ」
と、わたしの名を、愛称で呼んだ。