出稼ぎ公女の就活事情。
 リルといくつかの契約書を交わす。

 その中には万が一わたしが途中で仕事を止める、もしくはクビになったとしても3ヶ月後にはこちらに必ず戻れるように便宜を計ることも含まれている。

 お給金と同じく破格すぎる条件だけれど、当然ながら、わたしに否やはない。

 ただいつか、必ずお返しをしようと思う。

 とりあえずフランシスカの王妃様と義兄様にどれだけ世話になったか話そう。
 獣人がとても優しい人たちだということを。

 すごく権力のある人たちだから、きっと話しておいてリルたちに損はないと思う。



 わたしは一旦宿に戻って、女将さんに新しい仕事が決まったことを告げて、今夜からの宿がいらなくなったことを詫びた。
 女将さんは「よかったじゃないか。頑張りなよ」と激励してくれる。ただし、その後に、 

「まあまたすぐに泊まりに来るかも知れないけどねぇ」

 なんてことも言ってくれたのだけど。


 それから女将さんに食堂のテーブルを借りて、アンナに手紙を書いた。
 本当は家族にも手紙を書くべきなのだろうけれど、今は止めておく。
 だって西の国にまで出稼ぎに行くなんて、家族にバレたらあっという間に追っ手が来て、連れ戻されそうだもの。

 リルに迷惑をかけないためにも、出来るだけバレないようにしなければ。
 そういう点については、リルたちの出立が今日で良かったと思う。
 時間が開いていればいるほど、バレるリスクは高いはず。

ほんの数行の手紙のために二時間ほども費やすことになった。
 何度も何度も書き直して、結局わずかに数行。

『住み込みでお給金のいい仕事を見つけました。
3ヶ月の短期間の仕事です。少し遠い所に行くので、しばらく会えなくなるけど、わたしは大丈夫だから、心配しないでね。
 あと、この仕事が終わったらわたしは国に帰るつもり。アンナがどうするかは、また帰ったら相談させてね。      リディア 』

 我ながらひどい手紙だと思う。
 そもそもこの手紙を見て、心配するなという方がムチャだ。

 行く先も書いてないし、仕事の内容も何もない。
 でも詳しくは書けないもの。
 書いたらアンナは追いかけてきちゃいそうだし。
  
 後で散々怒られて懇々と説教もされるだろうけれど、それは粛々と受ける覚悟をしておこう。


 
 アンナの働いている職場に行って、入口から店の中を覗いた。

 アンナの職場である『イズーカ商会』は酒場やレストランを中心に様々なお店を出している。
 たぶんフランシスカでもそこそこ以上に大きな商会。

 貴族ではないけれど、社会的な地位もお金もそれなりにある。大商人とまでは言えないのが残念なところね。とはいえ会長がまだ若いことを考えれば将来性はバッチリだろう。

 うん。アンナの結婚のことは、わたしが帰ってきた後で相談するとして、父様からも話をしてもらえばご両親にもなんとか認めてもらえそう。

 戸口から見えるおしゃれな店内には白い丸テーブルがいくつかと窓際には長い間カウンターが設けられている。若い女性を中心に店内はおろか、わたしのいる入口の外にも人が並んでいた。

 その中で一人コソコソと中を覗くわたしを並んでいる人たちが訝し気に見つめている。

 人気のスイーツショップ。
 アンナはここで店長を任されているのだ。

 こんなに人気もあってお客さんも従業員もたくさんの店で店長を任せられるアンナはすごい。

 実はわたしも一度、アンナのコネで店の皿洗いとして雇ってもらったことがある。
 次々にお皿やカップを割ってしまって、アンナの迷惑になるから、他を見つけたといって自主的に辞めた。

 アンナの姿を探すと、従業員に混じってホールで皿を運びながら時折小声ですれ違い様に指示を出しているのが見えた。
 相変わらず忙しそう。
 けれどわたしにとっては都合がいい。

 わたしはアンナに見つからないよう、顔を引っ込めて列に並ぶ人たちから少し離れた場所で待つ。
 さして待つこともなく、すぐにメニュー表を持った従業員がやってきて新しく列に並んだ人たちにメニュー表を渡していく。
 待っている間に選んでおいてもらうためだ。

「すみません!」

 従業員の手からメニュー表がなくなったところで、わたしは声をかけた。

「あら?あなた確かリディアさん?」
「はい。実はアンナにこれを渡してほしいんです」

 ポケットから封筒に入れた手紙を出して渡す。

「直接渡した方がいいんですけど、アンナ、忙しそうだし。新しい住み込みの仕事が決まって、しばらくあまり顔を出せないかも知れないので、伝えておきたくて」  
「そう。わかったわ。仕事、頑張ってね」
「ありがとうございます。今からすぐ仕事なんです。助かります」

 お礼を言って、急ぐフリで店を離れた。


 あとは、特にやることもなく夕方にリルが『銀の雛亭』に馬車で迎えに来てくれるのを待つだけ。
 住み込みの仕事をクビになったばかりで、ちょうどトランクケースの中には必要最低限な身の回り品が揃っている。

 食堂のテーブルに座って、注文したお茶と甘いパンを食べながらぼんやりするけれど、そうしてのんびりしているとこれからしばらくずっとリルと一緒なんだと思ってしまって落ち着かなくなった。

 行儀が悪いけれど、テーブルの下で足をブラブラさせながら窓の外や入口ばかりを気にしてしまう。

リルがやってきたのは、夕方。
 空が茜色に染まりだした頃だった。

  
 




 

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