出稼ぎ公女の就活事情。
ーーカランコエの花言葉。

 わたしは建物の内側へ足を進めながら考える。
 いつもより短い間隔で訪れた職業紹介所の中は、いつもよりも大勢の人で溢れていた。


『幸福を告げる』
『たくさんのちいさな思い出』

カウンターに並ぶ人々の表現に何か険しい、鬼気迫るような緊張感のようなものを感じるのは気のせいだろうか。

ーーそれと、

 とくん。

 小さく跳ねる。
 鼓動がほんの小さく。

ーーもう一つ。


「こんなに多いんじゃもう仕事はあきらめるしかないんじゃないか?」
「ああ、これじゃあな」
「クソっ!商隊に紛れるのが一番安全だってのに」

 わたしの後ろから紹介所の扉をくぐった男の人たちが口々に吐き捨てる言葉に、わたしの思考は断ち切られる。

 辺りを見回して、ふと、思った。

 以前もこんな既視感を感じることがあったと。

ーーあの時だ。

 街中で、モンタさんを見かけた時。
 モンタさんを路地の奥に連れ込んだ二人の男の人。その瞳を見た時。

 わたしはこの空気を知ってる。
 そう、思ったのだ。


 争いがそばに迫った時、迫っているのではないかと疑っている時、人は自分とは違う、異端者だと疑った人にあんな目を向ける。
 猜疑心と、恐怖と、嫌悪と、様々な感情が入り混じった目。

 争いから逃げ出す時、こぞって人々は商隊の仕事を求める。
 貿易品を運ぶ商人の隊を襲うことは国際法で禁じられているからである。

 商人の馬車は盗賊に襲われることはあっても獣に襲われることはあっても、国に襲われることはない。

 襲えば国の争いに勝利してもそれ以外の周囲から貿易面に多大なペナルティーが課せられる。

 だから、街から逃げ出そうという時、多くの人が商隊の仕事に群がるーー。


ーーあの時と同じ。

 わたしが、わたしとアンナが国を出てフランシスカで生活を初めてしばらくの頃。

 獣人たちが攻めてくる、とまことしやかに不穏な噂が流れた。

 あの時に怯えながら見たーー人たちの様子と、同じ。

 最初は小さな噂だった。
 それが少しずつ、広がっていって、きっかけ一つで溢れて。

 大勢の人が街から逃げ出そうとした。


 あの時は噂はただの噂で、実際にはまったく別の国境付近で小さな小競り合いがあっただけで、すぐに噂も人々も収束と落ち着きを取り戻したけれど。

ーーリルがわたしを予定よりも早く国に帰そうとするのは何故?


 どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
 指先から身体が冷たくなって、クラリと立ち眩みがした。


「ーー姉ちゃん?」

 聞き慣れたより固い声に振り向くと、モンタさんがいた。

 わたしの目は、違和感に気づく。
 モンタさんの耳には何もない。
 ルクランディリアの人なら、誰しもが着けている、ものがない。






 







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