出稼ぎ公女の就活事情。
『お嬢、いざという時はけして躊躇うな』

 わたしに護身術を教えてくれた騎士が常に口にしていた言葉。

 身の危険を感じた時ほど冷静に、冷徹に。

『他人を傷つけることを恐れるな』

 他人が傷つくのは怖い。
 まして、それが自身が傷つけるのものであれば。

 それでも。

『自分が傷つくことで、誰が、何が犠牲になるか、常に考えろ』

『他人を傷つけてでも、自分の身を守れ』


 人を散々投げ飛ばして、叩きつけて、そうしてから耳が痛くなるほど言ってくれたものだ。


 わたしの手を掴むモンタさんの手は、モフモフでフカフカしていて、柔らかい。
 けれどその指に込められた力は。

「……っ」

 柔らかい手のひらと対称的に鋭く尖った長い爪が肌に食い込む。
 痕が残るほどに込められた力はまるでけして逃がさないとでも言うようで。


「……なあ、姉ちゃん」

 と、モンタさんがわたしに呼びかける。
 呼びかけているのに、その目はまたわたしからわずかに逸らされている。
 その様が、どこか苦しげでわたしを躊躇わせる。

『ためらうな』

ーーーわかってる。

「仕事、探しとるんやろ?」

 相手が力で引き寄せようとするなら、逆らわない。逆にその力を利用する。
 わたしが習った護身術はそういう技だ。

 無理に振り払おうとするのではなくて、引くのではなくあえて踏み込む。
 踏み込んで、身体ごとぶつかっていくといい。力の流れを利用して投げるでもいい。

 とにかく少しでも体勢が崩れ指の力が緩んでくれれば、あとは手を振り払って駆け出すだけ。

「わいの知り合いんとこで一コ紹介してやれるかもしれん」

 方向は紹介所の入口側。
 ミラさんたちがいる方向ということもあるが、それ以上に人目のある表通りまでの距離が近い。そこまでたどり着ければ、あるいはしっかりと声の届く範囲で声を上げることができれば。
 一つ問題があるとすれば裏口の前を通るということ。けれどわたしがそこにいる二人に気づいているのに気づかれていなければ。

 気づかれる前にふいをつけば。
 
「だか」
「ごめんなさい」

ーーーだから、と言おうとしたのだろう。


モンタさんのその言葉を最後まで聞く前に、わたしは小さく言葉を返した。




 



 



 
 
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