出稼ぎ公女の就活事情。
「ーーリル?」

 銀色のふわふわとした毛が風に靡く。
 銀の奥底に藍を潜めた瞳がわたしを捉えて、ついでその傍らで驚愕に身を強ばらせた自身が叔父上、と呼んだ人を映した。

「リルヴィシュアス。馬鹿な、何故ここに?……おまえは」
「指揮官として戦場に向かったはず、ですか?」

 先を引き継ぐようにして、リルが言う。

「ご心配なく。ガルドの王太子の愚行についてはあちらの王が処理して下さることになりましたので。速やかに退いて頂けるそうですよ?」
「……なっ!」
「当然でしょう?病床といえど一国の王。次代とはいえ勝手に他国と手を組んで戦争を起こそうなど許すはずがありませんよ。まして、人間の国と手を組むなどと」

ーーもともと人間嫌いな方ですしね。

 そう言ってブルリと首を振り、リルは軽やかに地に降り立つ。
 
「ご子息があなたの傀儡にされていると教えて差し上げたら、寝台から飛び起きたそうですよ」
「っ、く……」

 黒、と黒い少年を呼ぼうとしたのだろう声が、途中で途絶えた。

 唖然というのはこういうことなのだろう。
 そう思える表情で、声もなく口を開け閉めした。
 少年が音もなくリルの傍らに歩み寄っていた。いつの間にどこから取り出したのか、黒いガウンのような長衣を手にしている。

 少年はふわりとそれを四つ足の獣の背に落とす。獣の姿が布の下に消え、次の瞬間ムクリと布の中身が大きく膨らんだ。

 サラサラと揺れる銀の髪を長い指先が襟の中から払い出す。 

 わたしに背を向けて人の姿になったリルは、ゆっくりと長衣の前を正してから、こちらに向き直る。

 黒い少年は、その傍らに恭しくも頭を垂れて立つ。その姿は少年がリルと『叔父上』どちらに付いているのか、をあからさまに示していた。

「……馬鹿な、黒は」
「もう五年以上前からあなたに仕えている、ですか?孤児院から子供を買い取って暗部として仕込んだんですよね?」

 にこりとリルが笑う。

「残念ですが、あなたの周囲の人間は7割方こちらの手の者と入れ替えています。もう十二年も前から、少しずつ、少しずつね」
「十二年前だと?何故?わしは……」
「ええ、何もしてませんでしたよね?まだ」

ーー十二年前?

 リルの言った数字にドキリとする。
 何故なら十二年前という数字は、わたしとリルが出会った時と同じだから。

「ですがあなたは必ず私の邪魔になると思っていましたので。あなたの行き過ぎた選民意識はけして私の目的と相容れない」
「目的?」
「ええ、叶えなくてはならない約束があるので」

 ふと、リルがわたしを見て、目を細めた。

「この十二年間、その約束を叶えるために生きてきたようなものです」

 何故か、頬が熱くなる。
 わたしに向けた言葉ではないはずなのに、わたしにはそれが、まるでわたしだけーーわたし一人だけにひっそりと囁かれた言葉のように聞こえた。

  
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