女探偵アマネの事件簿(下)
「やぁ、おはよう」

「……よぉ」

どこかの小屋のような所で、ウィルは目の前に立っている男を見上げた。

黒いシルクハットと黒いマント。怪盗である彼の姿。

「で?何で俺をここに連れてきたんだ?しかも、ご丁寧に縄で縛って」

小屋の中央にある太い柱に、ウィルはくくりつけられている。

「彼女と最後のゲームをしようと思ってね。制限時間内に君を見つけられたら彼女の勝ち。もし、見つけられなかったら僕の勝ち。僕が勝ったら、彼女は僕が貰うから」

「あいつの気持ちは無視かよ」

ウィルの言葉に、フランツはクスッと笑う。

「僕は、あんまり気が長くないんだ。ああ、君の拳銃は念のため預かったから」

「どうりで軽いと思った」

「そろそろ、彼女も動き始めているだろうね。ちゃんと挑戦状も送ったし。僕達は彼女が来るまで待つだけ。でも、ただ待ってるだけじゃつまらないだろから、彼女の話でもしようか」

フランツの言葉に、ウィルは疑念のこもった視線を送る。

「ルールを決めたんだ。勝負はもう始まってるけど、一時間たつごとに、彼女の過去の一部を君に話す。つまり、もし彼女が制限時間に間に合わなければ、君は彼女の口からではなく、僕から知らされることになるね」

「……随分乱暴なルールじゃねぇか。お前、怪盗紳士って肩書き捨てろよ」

紳士的じゃない。ウィルは視線でそう訴えた。

「何かを得るためには、時には力業も必要だよ。優しいだけじゃ何も守れないし得られない。相手のことが知りたいなら、相手を傷つける覚悟で踏み込まなきゃね」

フランツは笑っていた。その笑顔の裏には、一体どんな感情を隠しているのだろうか?

「僕はね。あくまで僕でしかないから、奪うことしか出来ないんだ。それが、僕と言う人間。君とは正反対のね」

「……」

ウィルは、ただ探るようにフランツを見ていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ……ウィル」

息を切らせながら、アマネは走っていた。

ウィルが中々帰ってこず、心配になって外へ出ると、ドアの隙間から白い紙が落ちてきた。

『君の助手は僕が預かった。夜の十二時の鐘が鳴り終えるまでに僕と助手の居場所を見付けられなければ、君は大人しく僕のものになること。後、ルールとして一時間たつごとに、僕は君の過去を彼に話すよ』

名前は書いてなくとも、誰が書いたのかはすぐ分かった。彼が望んでいることも。

『賢い君なら、全てを語らなくても分かるよね?因みにヒントはあげない。君のご自慢の勘で探してみてね。期待しているよ。ミス・アマネ』

(勘でなくとも、探してみせます!)

大切な相棒であり、誰よりも側に居てほしい人を取り戻すために、アマネは暗くなっていくロンドンの町を駆け抜けた。


「もう、一時間か。早いね」

ビックベンの鐘が八回鳴り響くと、フランツはウィルに視線を移す。

両手両足縛られていては、耳を塞ぐこともできず、ウィルはフランツを睨む。

「……じゃあ、順番に話していこうか。彼女の生まれから」

「言うな!!」

怒鳴るように言うウィルに、フランツは首を振る。

「そういう訳にもいかないよ。僕だけ知ってて、君だけ知らないのはやはりフェアじゃない。君が彼女の過去を知った上で彼女を好きだと言えるのかどうか、やっぱり確かめたいからね」

「俺は―」

「東雲天音。彼女は―」

ウィルの言葉を阻み、フランツは話を続けた。

正直、耳を塞いでしまいたかった。彼女の秘密は彼女の口から聞きたかった。

けれども、抗う術などない今、耳の中に入ってくるフランツの声を、無意識に拾ってしまう。

(……くそ!)

無力感に苛まれ、悔し気に俯くウィルを見ながら、フランツは話を終えた。

(さぁ。残り時間までに、君はここにこれるかな?)

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