女探偵アマネの事件簿(下)
そして、婦人の側へそのまま寄る。

「貴女の指輪は、ご主人のイニシャルが刻まれている、シンプルな金の指輪ですね?」

「え、ええ」

何故、主人のイニシャルが刻まれていることを知っているのかと、婦人は訝しげな視線を返す。

「先程、ちらりとですが見かけました。私は一度見聞きしたことは絶対に忘れません。それはグロー警部も承知です。お疑いならご確認ください」

警部の名前を出され、数名がたじろぐ。

「グロー警部って、ここ最近難事件を次々解決してるあの?」

「凄腕のお方ですわね」

人々の呟く声に女性は感心を示さず、先程ウィルを犯人呼ばわりした男の元へ歩き出す。

「……な、何だね?」

「……指輪を、返していただけますね?」

女性の言葉に、小太りの男は慌てる。

「はは!何を言っているんだ?私が犯人と言いたいのかね?」

「ええ。貴方はそちらの婦人とはご友人であり、そちらの彼が来るまで、婦人の側にいたでしょう?」

視線を一瞬ウィルに向けてから、小太りの男を見直す。

「何を馬鹿な!しょう―」

「証拠ならありますよ。貴方の手袋の下に」

小太りの男の言葉を阻み、彼女は男の手袋を半ば強引に剥ぎ取った。すると、金色の何かが床に落ち、コロコロと音をたてて転がる。

「あ、ああ!あたくしの指輪だわ!」

婦人は転がってきた指輪を拾うと、また大袈裟にワッと泣く。どうやら癖らしい。

「良かったぁ!良かったわ!!」

「……」

小太りの男は青ざめながら、指輪を見ていた。

「貴方が先程、彼を指差した時。不自然に小指が膨らんでいるのが見えました。サイズの合わない指輪は、小指にしかつけられなかったのでしょう。それに、ポケットに隠すよりも、一番安全だと思ったんですね」

人は人の物を盗んだ時、今度は自分が盗られるのではないかという恐怖心を抱く。だから、確実に見付からないところに隠そうとするのだが。

そういう場合に限って、冷静な判断が出来なくなるのだ。ポケットでは見付かると、変えた結果である。

「……チッ」

小太りの男は舌打ちすると、身を翻して人々をかき分ける。

「どけ!!」

「……残念ながら逃がすわけにはいきません」

静かな声と共に、男の背中に強い衝撃が走った。

「ぐぁっ!」

そのまま前へと倒れると、両手を後ろに引っ張られる。

「いたたたっ!や、止めろ!」

「大人しく捕まるのでしたら」

どうやら女性が小太りの男に飛び蹴りを入れ、倒れた男の背中に左足を置き、両手を後ろに引っ張っている。

見ているこっちも痛くなりそうだなと、ウィルは他人事のように見守っていた。


(……とんだ誕生日だな)

あれから警察官達がやってきて、パーティーどころではなくなり、人々は散り散りになる。

ウィルに仕事を押し付けた料理長は、強引にウィルを追い出した。別に、結局仕事らしい仕事はしてないので、お金を支払わなかったことには不満はない。

(それにしても、あの女の人)

自分の身の潔白を証明してくれたは良いが、警察官達が入ってきたのと入れ替わりに出てったので、ろくに礼も言えなかったなと思う。

(……ま、もう会うことも無いだろう)

もしも会ったら、その時言えばいい。

(でも、信用はしない)

油断したら、またさっきのような目に合う。くれぐれも気は抜くなと自分に言い聞かせた。

配達を頼んだ男に謝り、荷物はちゃんと届けたことを伝えて、ウィルは適当な所で野宿をする。

住み込みで働ける所がないので、仕方がないが。いい加減屋根のある所で寝たい。
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