女探偵アマネの事件簿(下)
久しぶりのお風呂は、心も体も洗われて最高に気分が良かった。

ウィルは適当に用意された服を着る。サイズはウィルよりも大きかったので、袖と裾を折って台所へと向かう。

(……ちょっと嫌な言い方したかもな)

彼女が管理人だとは思わなかったが、最初から自分を見下さなかった。

普通に、客として扱っただけなのに、自分の態度は失礼だっただろう。

何も言わないうちに鍵を渡し、台所にもたたせてもらい、ウィルは申し訳なさでいっぱいになる。

思い返しても、彼女は最初からウィルを否定しなかった。薄汚れた自分がやって来ても、表情一つ変えずソファーに座らせ、コーヒーを出してくれた。

(……よし)

せめてものお礼に、美味しいものを作ろうと気合いを入れる。

(そんで、その後昨日の礼を言おう)


一通り品物が出来上がり、それをリビングにある机の上に並べる。

(えーと、書斎は下か)

左のドアが階段で、右のドアが書斎だったと記憶しているので、ウィルは事務所の方へ降りると、右側のドアをノックする。

「出来たぞー………おーい」

返事がなく不審に思ったウィルは、ドアを開けて中に入る。

「………」

本が沢山並ぶ棚の側にある椅子に腰掛け、パラパラパラパラ本を捲っているアマネがいた。

(早!何その技?!)

ちゃんと読めているのだろうかという疑問が沸き上がったか、それよりも食事のことを思い出す。

「おい。夕食出来たぞ?」

「………」

よっぽど集中しているのか、アマネはウィルの声に答えず、パラパラと本を捲る速度を緩めない。

ウィルはほんのいたずら心で、思い付いた悪口を言ってみることにした。

昨日自分を引っ張り上げた時の力強さに、ある動物の顔が浮かび、小さく笑う。

「……ゴリラさーん?」

「……」

ガシッと、顔面を掴まれる感覚に気付くと、次の瞬間グッと力を入れられた。

「いだだだだっ!ちょ、待っ―」

「………何か言いました?」

「……管理人さん、お食事ができました」

それを聞いて、アマネはウィルからパッと手を離す。

(……危うく顔が潰れるところだった)

自業自得とは言え、アマネの力強さに若干の恐怖を覚えた。


夕食を食べ終わると、アマネはコーヒーをまた淹れる。

「美味しかったですよ。ありがとうございました」

「あ、えと。……どういたしまして。………後、俺の方こそ、ありがとう。昨日助けてくれて」

「……どういたしまして」

不意に途切れた会話に、ウィルは落ち着かないように視線をさ迷わせる。

「そ、そういえば、どうして俺がここの部屋を借りる気だったと分かったんだ?」

沈黙に耐えられそうにないので、ウィルから話題をふる。

「依頼以外でここに用がある方がいるとしたら、新しい入居者ぐらいですからね。後、お風呂に入りたいって顔をしてましたし」

そんなに分かりやすかったのかと、ウィルは自分の顔を触る。そんなに表に感情が出てしまっているのだろうか?

「……一つお聞きしますが、家事は得意ですか?」

「好きでもないけど嫌いでもないぞ」

「そうですか。前はどういうお仕事をされてましたか?色々やっていたとは思いますが」

突然の質問攻めに、ウィルは訝しげな視線を向ける。だが、隠す理由はもう無いので、自分のこと以外(仕事)の話はした。

アマネのことを、ウィルはもう警戒していなかった。

「……なるほど。後、名前を教えていただけますか?」

「あ、まだ名乗ってなかったっけ。……ウィリアム。ウィリアム・ヴァレンタインだ」

「ウィリアム……長いですね、ウィルにしましょう」

あだ名を付けられ、ウィルは顔をしかめる。

「普通にウィリアムって呼べばいいだろ?」

「長いので嫌です。ウィルで良いと思います」

「……お好きにどうぞ……はぁ」

生まれて初めてあだ名を付けられ、呆れたようにため息を吐いたが、思ったよりも悪くないと思った。

「それから、提案ですが」

「ん?……てか、おい。砂糖何杯入れる気だ?」

ドボドボと放り込まれる角砂糖に、ウィルは半目になる。

「六つですね」

「入れすぎだぁぁぁぁ!!」

ウィルは勢い良くアマネからコーヒーを取り上げた。

ブラックだとばかり思っていたコーヒーに、あんなに大量の砂糖が入っていたなどと思わなかったため、ウィルはアマネがコーヒーを啜っている様子に、何の疑問も持たなかった。

「カフェインと糖分が両方取れて、効率がいいんです」

「見てるこっちは胸焼けと頭痛を起こしそうだけどな」

出会ったばかりの他人ながら、ウィルはアマネが心配になった。

探偵が事件よりも、身近なコーヒーや角砂糖で命の危機に晒されるのもどうかと思う。

「取り敢えず、これは没収な。……で、提案って?」

コーヒーを取り上げられて、若干不満そうな顔をしながらも、アマネは続ける。

「助手になりませんか?」

「……はい?」

「探偵に助手はつきものですし、君が良ければですけど」

手の甲に顎を乗せ、アマネはウィルを見る。

「俺、探偵の助手なんてやったこと無いんだけど」

「やったことがないなら、尚更やってみるべきですよ。君は器用なようですし」

つまり、それなりに何でもこなせる自分を使いたいということかと、ウィルは納得する。

「ま、いいけど。ただし、俺の過去を聞いても、お前が俺を使いたいなら」

ウィルは自分の生まれや、これまでのことを話した。が、アマネは特に表情変わること無く聞き終えると、軽く頷く。

「別に問題ありませんね。では、よろしくお願いしますね。ウィル」

「……よろしく。アマネ」

こうして、助手としての日々が始まった。
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