千一夜物語
黎の日課が終わったのを見計らった澪は、にこにこしながら黎ににじり寄って気味悪がられた。


「なんだ?」


「あのね、喧嘩したって言ってたでしょ?私ね、仲直りしに行ったらいいと思うの。だって仲良しだった方なんでしょ?」


渋い表情になった黎の態度で事態は結構深刻らしいと察したが、好奇心の方が勝った澪はさらににじり寄ってつのかくしを少し上げて黎と目線を合わせた。


「牙さんからちょっと訊いただけだけど、黎さんがこのまま仲違いしたくないと思っているのなら絶対行った方がいいと思うの。…私お節介だよね?でももやもやしてるより行動した方がいいかと思って」


「…だからお前は考えたら即行動なんだな」


「…えっ?」


まるで自分の性格を知ったかのような口ぶりの黎に澪がきょとんとした時――

平安町の方から落雷したかのような轟音が聞こえて大気をゆすり、屋敷も少し揺れた。


はっと顔を上げた黎は、平安町の方にみるみる広がる暗雲を見て素早く立ち上がると刀を手に上空を睨んだ。


「神羅…!」


「?しん…ら?」


澪が訊く間もなく黎が地を蹴って跳躍すると、そのまま平安町の方へ向かって行く。

同時に牙と玉藻の前も今までにない異変を前に、黎を追うためそれぞれが発とうとした時、澪は牙の着物の袖を掴んで問うた。


「な、何が?神羅さんって?」


「ええと…黎様の好きな女!離してくれ!応戦しないと!」


「好きな……」


手から力が抜けて平安町へ向かった牙たちの背中を見つめた。


気に入っているという女が黎の好きな女なのだろうか?


だがあちらは人が住む町。

――何が起きているのか分からず、黒縫を抱きしめて雷鳴が響く空を見つめた。
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