千一夜物語
負傷したり命を失った近衛兵たちが兵舎へ運ばれて行くと、詰めていた他の近衛兵たちがすぐさま集まってきたため、神羅は黎の手を引いて神社に閉じ込めて扉の前に立った。


「帝!これは一体…!」


「なんとか倒すことができました。負傷した兵たちの治療を早くするように」


…帝ひとりでこんな大物を倒せるはずがない。

今までも何度も襲ってきては倒すことができなかったがしゃどくろの骨が辺りに散らばっているのを見て顔を見合わせている近衛兵たちをどう納得させようかと考えていると――内側から扉が開いた。


「!出て来ては、いけません!」


「俺に命令するな」


神羅は目いっぱい扉を押して抵抗したものの、鬼族の黎は腕力がけた違いにあるため難なく表に出て唖然としている近衛兵たちを眺めた。

顔に夜叉の仮面をつけている濃紺の着物姿の男を見た近衛兵たちは驚きのあまり、刀を構えることもできない。


この帝が住まう独立した御所に男――前代未聞であり、言語道断だ。


「み、みみ帝!その男は…!」


「俺か。俺はこれの用心棒だ。対妖の退治に長けている。これの身辺は俺に任せろ」


帝を‟これ”呼ばわりする謎の男に気色ばんだ近衛兵たちを手を軽く挙げて諫めた神羅は、ため息をついて偉そうにしている黎の身体を押して再び神社に押し戻した。


「…確かに私が身辺の警護を頼みました。身元はちゃんとしていますから大丈夫」


――本当は身元など全くまだ分かっていなかったのだが、神羅がそう断言したため渋々納得した近衛兵たちは仲間を担架に乗せて兵舎へと運んで行った。


「身元か。じゃあお前を齧りながら教えてやろう」


「齧らせません。早く来なさい」


神羅の不遜な態度にも黎は怒ることなく神社の扉を固く閉めて、神羅と向き合った。
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