混戦クルーズ! 造船王は求婚相手を逃さない
17)女神の責務
 ララティナ港は、大洋に浮かぶ列島の中にある。多くの造船、海運を営む者達にとってそこは、重要な補給場所でもある。

 ガブリエルは、ララティナの生まれだった。生家近くに住んでいたのがリリだった。

 ガブリエルとリリの関係は、イライザとアレンのそれに似ている。

 しかし、男勝りで、成長してからは、養父のように海軍に入ると言っていたリリとの縁談が申し渡されたのは、本当に突然の事だった。

「父が、しきりに薦めてね、お前のところの造船技術を、おおいに買っているらしい」

 いつになく、女性らしく装ったリリに驚きながら、誰か好きな相手もできたのだろうかと思っていた。

 男女の別なく、遊び、冒険をした間柄だった。成長して、世間的に美しいと言われ、ガブリエル自身も、リリを美しいと思った。しかし、どうしても、リリを女だと思う事ができなかったのは、ガブリエルの心に、既に別の女性の面影が焼き付いていたからなのだろうか。

「リリ、俺は、君の父上に、いや、これ以上軍への協力をするつもりは無いよ、第一君には……」

 そう、リリにも、既に意中の相手がいたのだ。なのにどうして、今になって、自分との縁談、などと言うのだろう。

「……言わないでくれ、私は養女だ、父の願いを、かなえる義務があるんだ」

「本当に? お父上は、君の望みを無下にするような方では無いと思うよ?」

「彼では……ダメなんだ、あれは、侵略者の血に繋がる者、でも、ガブリエル、あなたなら!」

 ガブリエルは、リリの悲壮なまでの決意にめまいがしそうだった。何が彼女を駆り立てるのか。育ててくれた父への恩か、王家の血を引く生き残りとしての矜持なのか。

「あれは、もう、過去の事だ、リリ、君は未来を向いて生きるべきだよ、君は君だし、彼は彼だ」

 ガブリエルは、リリの心が誰に向いているのかがわかってた。似合いの二人だとも思っていた。それなのにどうして、ここまで頑なに、リリは望まない婚姻を結ぼうとするのだろう。

「……君でなくてはならないんだ」

「だが、それは、君の意志ではなくて、お父上の希望ではないのかい?」

 リリとガブリエルの言い合いは、互いに譲らず、平行線だった。

「君の立場も、君の父上の立場も理解はしている、だが、正式な依頼があったとしても、俺は断るつもりだよ」

「……私が、嫌なのか」

「どうして『はい』か『いいえ』で答えを出そうとするんだ、君の事は好きだし、大切だ、けれど、それは、結婚相手としてでは無い」

「軍人は結婚相手としてふさわしくないと?」

「だから、否定しているのは君自身でも、君の要素でも無いんだ、俺は自分の結婚と事業については分けて考えたいんだよ」

「それが許される立場では無いことくらい、お前が一番わかっているんじゃないか?」

「……そうかもしれない、だが、君だってそうだ、君が愛しているのは他の男ではないのか?」

 ああ、まただ、と、ガブリエルは思った。リリ自身が、自分との婚姻を望んでいないと、何故自分では気づけ無いのか。

「……私には、そんな身勝手は許されない」

 うなだれるリリに、これ以上かける言葉をガブリエルは見つける事ができなかった。

 ガブリエルは、中途半端な優しさで、これ以上リリを傷つけるわけにはいかない、そう思った。

「私は、君とは結婚しない」

 うちひしがれた姿を見られるのは、リリの望みではないはずだ、と、長年の付き合いで察したガブリエルは、一度もリリの方を見ずに、その場を後にした。

 だから、新造船『青い不死鳥号』の処女航海で、ララティナ港へ到着した後に、すっかり吹っ切れた顔をして現れたリリは、すでに政略結婚の事など忘れ、本来愛している男の元へ行くものだと思っていたのだ。

 それは、あまりにも自分にとって都合のいい妄想だったのでは無いだろうか。

 ガブリエルは考えた。

 リリが、誰よりも養父を尊敬し、その期待に答えたいと考えているという事を。

 そして、『あの男』が、そんな彼女の思いを、間違った形で成就させようとしている事を。

 ガブリエルは、アレンとの約束をほごにする事にした。

 否、イライザに気づかれない事が最優先事項では無かったはずだ。

 イライザを守るため、護衛として、今は行動しなくてはならない時だ。
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