ドS上司の意外な一面
act:意外な優しさ(鎌田目線4)
***

「お疲れぇ、お先に失礼するね」

 ちゃっかり彼女の肩を触る、小野寺にイラッとした。馴れ馴れしいにも程がある。セクハラで訴えてやればいいのに!

 心の中で毒づいている自分を余所に、目の前で盛り上がっている二人。まったく……午前中注意したばかりなのに、君って人は――

 無理矢理会話に入り込み、見事遮断させてやった。君の顔にしまったと、また書いてあるのを確認。

 怒りを鎮めるため仕事に集中していると、君がやってきて内心嬉しかった。だけど何となく顔が合わせ辛くて視線を合わせないでいると、あの紙を突き出してきた。

 自分で企てた作戦なのだが無言で突きつけられると、何から口にしたらいいか分からない。君も同じらしい、難しい顔をしていた。

 そんな顔を見ていたら、急に力が抜けた。思いきって訊ねてみる。

「昨日はどうでしたか? ……さぞかし驚いたでしょうね」

 だけど視線を合わせるのが何だか照れくさくて、パソコン画面を見やる。

 ――君は昨日の自分を、どう思ったのだろう――

 妙にドギマギしてしまう自分を隠すのに、必死に仕事をした。

「君の顔が、呆気にとられてました」

 例えるなら、ムンクの叫びに近かったかも。なかなかあの顔は、普段見ることが出来ない。

「私正直、驚いてしまいました……」

 例の紙を握り締めたまま、小さな声で呟く。

「それで?」

 どう思ったのかが気になる――とても気になる、早く言ってくれ。

 思わず君の顔を見るが、何だか様子がおかしい。何を躊躇っている? 

 彼女の持つ妙な緊張感がうつりそうで、また視線をパソコンに移す。すると――

「先週見た、バンドは良かったです」

 先週見たバンドは良かったって、じゃあ俺はダメなのか!? そして何故、先週の話をするんだ!?

「先週?」

 先週見たバンドは良かったという台詞が、ずっと頭の中でリフレインする。知らない内にどんどん、指先に力が入っていった。そしたらまた、ワケの分からないことを君が口にする。

「あのですね、バンド巡りしているのは、自分好みのイケメンを捜しているだけでして」

 何故バンドの話が、イケメン捜しの話になっている? 俺に対する、あてつけなのか?

「そんでもって、なかなか素敵なイケメンに会えない所に、鎌田先輩と出会ってしまった、というか」

 ……はぁ? 一体何が言いたいのか、皆目検討がつきません。

 パソコン画面から君に視線を移した時、とんでもない一言が俺を待っていた。

「今まで出会ったバンドの中で、鎌田先輩が一番素敵でした」

 素敵って言った!? 不敵じゃないよな!? 

 思わずじっと、君を見つめてしまう。その視線に君は急に顔を真っ赤にして、持っていた紙をぐちゃぐちゃに握りつぶしていた。

 支離滅裂な発言を指摘して、先週のバンドのことをそれとなく聞いてみる。やはりそれも気になったから。

 そんな俺の気持ちとは裏腹に君は全くもって、そのバンドの情報を持っていなかった。正直ガッカリである。君らしいといえば、そうなのだが――

 現在やっている仕事を今週中に終わらせたいのもあるが、バンドも気になる。

 仕事<バンド

 色々考えた結果こうなったので、パソコンの電源を落とした。しかし頼まれていた仕事を思い出し、再び手が止まってしまって。

 そんな自分を見かねて、突然君が暴走する。頼りなく見えたのだろうか、まだひよっこの君に仕事をまわせと言われ、すごく驚いた。

 そしてライブハウスに案内すると言い出し、俺の袖を引っ張って社内を走り出す。

 ――その姿は、相当異様だったらしい。

 出会い頭、課長に、

「何かあったのか、大丈夫なのか?」

 と聞かれ、マッハで大丈夫だと答える。

 そんなやり取りしているのにも関わらず君は無視して、俺をグイグイ引っ張ることしか頭にないらしく……

 これからもう少し、視野を広げることを覚えさせなければならないな。間違いなく一大事に繋がる。しかもこれ以上、周りに醜態を晒すわけにはいかない。

 君の猪突猛進スイッチ、止まるだろうか――?

「っ……待って下さいっ」

 何だか恥ずかしいので、自分を掴んでいる手を袖から強引に外してしまった。君の足が遅いからという理由をつけたら、怒るだろうなと思っていたら、案の定ふてくされる始末。

 内心困ったと思いながら、かけていたメガネを外すとじっと見つめられて、ムダにドキドキしてしまって。童顔だから……という理由にしたが本当は、視線の先に君がいるのを分からないようにするための、カモフラージュだったりする。

 意外そうな顔して、俺を見上げる君。

 さっきは随分と振り回されたので、お返しにこっちも振り回そうと考え手を差し伸べてみると、困った顔してじっと手の平を見つめてきた。

 待っている最中に変な汗を手にかいてしまったので、背広の後ろでそっと拭う。そんな俺の様子を、ぼんやりと眺める君の隙をみて、思いきって手を握ろうとしたのに――どうしてだか手首を掴んでしまった……

 変に慌てているのを悟られないよう、グイッと引っ張って強引に走り出すしかない。

(何やってるんだろう)

 不器用すぎる自分にイライラと腹を立てつつ、しっかり君と繋がっているという幸福感とか、いろんな感情が、じわりと胸に沁みてくる。

 仕事をしている時間は長いのに、君と二人でいる時間は、あっという間に過ぎていってしまって。そんな刹那さを噛み締めていたら、ライブハウスに着いてしまっていた。 
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