ドS上司の意外な一面
act:意外な展開(鎌田目線)
***

(もう、こんな時間になっていたのか。やっと一段落できる――)

 時計を見ると、もうすぐ午前0時になろうとしていた。

 両腕を天井へと伸ばし、うんと伸びをする。疲れがちょっとだけ溜まっているかもな。

 昨日カバンを置きっぱなしにして彼女とライブに出かけてしまったので、帰宅してから仕事ができずにいた。なので朝早く出勤して急いで取りかかっても思うように進まず、現在に至る。

「小野寺のヤツ……」

『俺、鎌田先輩と男の勝負がしたいんです。彼女を賭けて勝負をしましょう』

 ――何なんだ。俺に対する嫌がらせなのか?

『彼女のことを、好きになってしまいました』

 恥ずかしくもなく、どうして堂々と言えるのだろう。

『あどけない仕草もそうだけど、やっぱり笑ってる顔が、一番好きだなぁと思いまして』

 俺の心に浮かぶのは、彼女の困った顔やふくれている顔ばかり……。笑っている顔なんて、ここしばらく見ていない。自分の態度が悪いせいだと分かっているのだが――残念なことに、そんな顔ばかりさせてしまう。

 一番上の引き出しを開けて、奥に隠してある物を取り出した。

「いつか……渡すことができるんだろうか」

 昨年の君の誕生日プレゼント。その頃、髪が短かった君はイライラすると、耳に髪をかける仕草をよくしていた。

 君の誕生日の前日、小さなミスだったのに感情的になってかなり叱ってしまい、落ち込ませてしまったお詫びに、このプレゼントをちゃっかり買ってしまった――中身は髪留め。結局渡しそびれて、引き出しの奥底に眠らせてしまっている。

 今はその髪も伸びてしまったので一つに束ねているから、こんな物は必要ないのかもな。

 そんなことを考えつき、引き出しに手をかけて片付けようとしたが、ぎぎっと体が強張った。

『先輩の目の前の彼女、美味しく戴かせてもらいますね』

『キツネの目の前にあった、とっても美味しそうな油揚げが、トンビにさっさと捕られちゃう話』

 小野寺の言葉が、不意にリフレインする。

 自分の気持ちに、このまま蓋をしておくわけにはいかない――玉砕覚悟で行くか。それよりも小野寺から君を守ることの方が先決だろうか……。

 いろんな感情が入り乱れ、いつもの冷静な判断ができない。だけど――

 手にしていたプレゼントを胸ポケットに仕舞い、会社をあとにした。

 君はもう、眠りについただろうか。夜空の浮かぶ細い三日月に目をやる。

 ――これ以上、小野寺の勝手にはさせない!

 新たな決意を胸に抱き、颯爽と帰宅したのだった。
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