ドS上司の意外な一面
act:意外な優しさ
 ――翌日。朝からテンションが全然上がらない。昨日の出来事が、頭から離れないせいだった。

(あれは、カマキリの裏の顔だったのかな)

 美少女フィギュアを握り締めて大通りを闊歩していた、憧れていた先輩を見たときのショックと同じくらい……。いいや、それ以上に衝撃的だった。

 しかもショックなのが昨日ライブハウスで歌っているカマキリを、すっごくカッコイイと思ってしまった。何か悔しいじゃない、ヤツは私の天敵だったはずなのに~。

 ムスッとしたまま持っていたカバンの持ち手をぎゅっと握り締めた瞬間、目の前に突然現れた見慣れたネクタイ。あっと思ったときには、両肩に手を置かれた感触がした。

 あたたかくて大きな手だな……

「朝から、何を寝ぼけているんですか?」

 ポカンとしながら聞いたことのある声の主を、恐るおそる見上げる。その顔を仰ぎ見て、昨日の姿と思わず重ねてしまった。

 もしかして今、あの胸板に飛び込んでいってしまったの――!?

 あまりの衝撃に声を出せずに唖然としたままでいると、無造作に肩の手を外されて半歩距離をとられる。

「……おはようございます」

 特徴のある強い口調のカマキリの声に、ハッと我に返った。

「すっ、すみません。ぉ、おはようございますっ!」

 ペコリと頭を下げ、慌てて挨拶をした。昨日の今日で、心の準備が全然出来ていないよ――

 カマキリの顔を直視できなくて、無駄に視線があちこちに彷徨ってしまう。

「昨日――」

 落ち着きなくモジモジしていたら、カマキリが突然切り出した。いつもより低いその声に、ビクビクしながら顔を見つめる。

「…………」

 唇が微妙に動いているのに何だか二の句が告げない様子だったので、自分から口を開きかけた刹那、

「……っ、昨日頼んだ書類は、出来ていますか?」

 早口で言われた問いかけに、ぼんやりしたままの頭では全然追いつけずにいた。

「書類?」

「今日の午後から、会議に使用する書類のことです。昨日までに作っておく約束でしたが? もしかして……」

 ギロリとメガネの奥から、鋭い眼差しが私を襲う。背中にたらりと冷や汗が流れていった。

「ううっ、八割……いや九割くらい出来ていますっ!」

「それじゃあダメです、完璧に仕上げて下さい。制限時間は、午前十時ですよ」

「はい……っ」

「時間厳守です、分かりましたか?」

 冷たく言い捨てて、さっさと部署に入って行ったカマキリ。

 なんだ、いつも通りだった――

 へなへなと一気に体の力が抜けていく。違う意味でひとりドキドキしていた私って、本当バカみたいだ。

 パシパシッと両頬を叩き、気合を入れ直した。

 カマキリがいつも通りなら、私も普段通りにすればいいや。とりあえず時間厳守の仕事を、さっさと片付けなきゃ!

 気分を改め、意気揚々とカマキリのあとに部署に入って行った。
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