ドS上司の意外な一面
act:意外な一面
 どうしよう――何も言えずに、思わず出てきちゃった。

「さっきの返事を聞かせて下さい」って聞かれたら、

『私、他に好きな人がいるので無理です』

 そう答えよう。私に鎌田先輩は過ぎる人だから、きっと途中で上手くいかなくなるに決まってる。前回の恋愛でこりごりだったはずなのに、また同じようなできる人を好きになってしまった。

 過去の出来事や今現在抱えてる心情のせいで、自然と涙が頬につたっていく。

「待ってください!」

 聞き慣れた声が後ろからしたので振り返らずに立ち止まると、真後ろで動きが止まる気配を感じた。

「なぜ逃げたんですか?」

「来いと命令されたから来ただけで、あとは好きにしていいと判断したからです」

 精一杯、冷たく言い放ってみた。

(君の態度が、さっぱり分からない)

「さっきの俺の歌に対する、返事を聞かせてほしい」

 その言葉に、心がズキンとする。

(距離はこんなに近いのに、君の気持ちが見えない)

「……無理です」

 ああ、他に好きな人がいるから――を言い忘れてしまった。

(……あっさり無理って断られた)

「理由は? それを聞かせてください」

(勇気を振り絞って君に訊ねた、俺の気持ちは変わらない。断られてもけして――)

「…………」

(答えない変わりに、何故か肩を震わせ泣いているのはどうしてなんだろうか)

「どうして、泣いているんですか?」

(迷うことなく、後ろから抱きしめた。守ってあげたくなるような小さな体が、愛おしいくて堪らない)

「だって……鎌田先輩が私には勿体ないくらいの人で、釣り合わないっていうか……。だのに引き出しには、こっそりプレゼントが隠されていて、他に好きな人がいるんじゃないかなって」

(こんな時でも君は相変わらず、支離滅裂なことを言うなんて)

 私の体から右手をそっと離して、あの青いリボンが付いたプレゼントを目の前に見せてくれた。

「これは昨年に渡そうとした、君への誕生日プレゼントだったんです」

「えっ?」

「ずっと君を見ていました。受け取って下さい」

 そう言って私の手に、プレゼントを握らせる。

(やっと渡せた――渡すことがないと思っていた。絶望的な片思いだと確信していたから)

 ――びっくりした。一年以上前から私は、鎌田先輩に想われていたなんて。なのに私は……鎌田先輩にいつも、ひどい態度をとっていたと思う。

「俺を勿体ない人だと言いましたが、俺の方こそ君が勿体ないくらいの人だと思っていますよ」

 鎌田先輩が、私の前に回りこむ。

「俺みたいに臆病で……情けないくらい臆病で、自分の気持ちをなかなか上手く口にすることができない人間で」

 貰ったプレゼントから、鎌田先輩に視線を移す。

「大事にしたいと思っているのに、それすらも言えなくて傷つけてばかりでした。不器用すぎるよな、カッコ悪い……」

 肩を落とす鎌田先輩に、思わずぎゅっと抱きついた。

「そんな不器用なところも、コワイところも全部……全部大好きです!」

 気付いたら自分の気持ちを、鎌田先輩に伝えてしまった。そんな私の体に両腕を回してくれる。

「本当に、こんな俺でもいいんですか?」

 じっと顔を覗き込む愛しい先輩。告げる代わりに鎌田先輩の首に手を回して、その唇にキスをしてみた。すると背骨が折れそうな勢いでキツく、ぎゅっとこの身を抱きしめ返してきた。

 鎌田先輩の香りが鼻をつき、頭がクラクラした。

 唇が離れる瞬間に下唇だけ名残惜しそうに甘噛みされ、全身に甘い衝撃が走る。そして私を優しく抱きしめ直す。

「大切にします――」

 心に沁み込む様な低い声が耳元に囁いた言葉だけで、嬉しくてたまらなかった。言葉にならない想いを伝えるのに、頷くのが精一杯だった。
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