ドS上司の意外な一面
act:意外な優しさ3
***
「急がなきゃ!」

 午後一時半から始まる会議に、何としてでも間に合わせなきゃならない。

 慌てて資料室に入り、たくさんあるファイルと格闘すべく対峙した。手に汗を握りながら、上から下まで隅々チェックしてみたけど、該当したファイルが全く見当たらない。

 最後の手段と考え半泣き状態で、扉にかけてある入室記録簿を確認してみた。最近使用した人は小野寺先輩と鎌田先輩、それと隣の部署の三人だけ……

(――良かった、大人数じゃなくて)

 そう思った瞬間、背後に人の気配を感じたので振り向いてみたら、鎌田先輩が腕組みをしながら棚にもたれ掛かって、こちらを見ているじゃないの。しかも、口の端を上げて笑っているなんて……

 明らかに私が困ってる状態を、背後から眺めて楽しんでいるみたいだ。

 鎌田先輩の様子にイラッとしたけれど、何とか感情を押し殺して彼の傍に駆け寄った。

「あの資料を探したんですが、全然見つかりませんでした」

「そのことですが、私のデスクにファイルがありました。申し訳ない」

「へっ!?」

「調べ物に夢中になっていて、うっかりしていたようです」

 先ほどまで浮かべていた笑みを消し去り、頭を下げる。鎌田先輩が謝っただけじゃなく、私に向かって頭を下げるなんて信じられないことだった。

 ……そういえば小野寺先輩が、今日の鎌田先輩はおかしいと言っていた。私がドジるならまだしも、鎌田先輩がそんなうっかりをするなんて。

(――アレッ!?)

「じっ、じゃあどうして、声をかけてくれなかったんですか?」

 私が慌てふためいている状況を真後ろで、実に楽しそうに見学していた。

「だって鎌田先輩、ムダが嫌いだって言ってましたよね。これは明らかに、無駄な時間を過ごしたと思うんですけど」

 ちょっと憤慨して訴えてみる。もうあまり、時間がないというのに――

「君は、資料室を堪能しましたか?」

「堪能?」

「ここにある資料ファイル、項目別の年式や配置がきちんと整えられているでしょう」

 そういえば乱れがなかった。だから調べるのにそんなに時間をかける事なく、探しているファイルがないのが、短時間で分かったんだ。

「たまにしか使われていないという理由で乱れがないのですが、おおむねこの配置を常にキープしているんです。この配置を頭に叩き込んでおけば、使いたい時に簡単に見つけ出す事ができ、尚且つムダな時間をかける必要はありません」

「あ――」

「新人など下の者は雑務が中心ですから君もそろそろこの配置を、覚えておいてもいい時期なのでは?」

「もしかして、それをさせるのに資料室に……」

「一見ムダに見える時間でも、君にとっては有意義な時間だったでしょう?」

 ふわりと笑いながら、優しく頭を撫でてくれた。とってもあたたかい手の平――それを感じた瞬間、頬が熱を持ってしまって、心臓が一気に駆け出してしまった。

 そんな顔を見せないようにすべく思いっきり俯き、体をふるふると強張らせたら、頭を撫でていた手がそっと引っ込んでいく。

「君のデスクに、ファイルを置いておきました。これから急いで、作業に取りかかって下さい。終わったら、目を通しますので」

「はい……」

 やっぱりすごいな鎌田先輩。文句を言ってしまった自分が、いろんな意味で恥ずかしいよ。

「最後までしっかり、資料を確認して下さい。それと……」

 妙な間に違和感を覚え恐るおそる顔を上げたら、眉間にシワを寄せながら顎に手をあてて、何かを考えている姿が目に映った。

「……何か、他にあるんですか?」

 鎌田先輩が二の句を告げないので自分から話しかけてみると、ハッとした顔をしてからメガネを押し上げる仕草をした。

「その……小野寺と話す時間があるのなら、自分の仕事に精を出しなさい」

「わかりました。それこそ時間の無駄ですもんね、急いで修正してきます!」

 その場に佇む鎌田先輩にきちんとお辞儀をしてから、急いで自分のデスクに向かった。

 むー、次はどうやって小野寺先輩の話を断ろう。お喋りな彼の言葉を遮るのは結構、難題だったりする。

 部署に戻りながら、鎌田先輩が撫でてくれた頭を意味なく触ってみた。昨日といい今日といい、鎌田先輩にドキドキしっぱなしなんて、どうかしてるかも――

「っ、ドキドキしてる場合じゃないんだってば! 集中して書類の直しをしなきゃ」

 頬を叩いて気合を注入したお陰で、きちんと書類の修正をする事が出来たのだった。
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