クールな上司は確信犯
やけくそ
いつものカフェで、いつも通りの時間を過ごしていると、おもむろに和泉が言った。

「元気がないな。どうかしたのか?」
「えっ?そんなことは…。」

じっと覗きこむように見てくる。
有希としては別に普段と変わり無しなので、きょとんとしてしまう。
何を見てそう思うのか。
不思議そうにしていると、意外な一言が放たれた。

「最近会社で俺を避けているな。」

言われてドキッとなる。
そんなあからさまに避けている態度は取っていないのだが、先日給湯室で女性社員と一緒にいるところを見てから、自分が給湯室へ行くときは和泉が自席にいるときか外出しているときを狙って行っている。

あの空間で、また誰かと楽しそうに話をしているのを見るのが嫌だからだ。

「避けてなんか、いないです。」

否定した言葉は少し震えてしまって、和泉の眉間にシワを寄せた。
あきらかに不満そうな顔の和泉に、なぜか罪悪感が生まれてしまう。

「有希。」

自然と視線が俯きがちになっていたらしい。
名前を呼ばれて顔を上げれば、目と目をしっかり合わせてくる。
外すことのできないまっすぐな瞳が有希を貫く。

なんで和泉さんにはわかっちゃうのかな。
そんなに態度に出てたかな。
別に大したことではないのに。

有希はそう思ったが、そんな有希の頭を、和泉はポンポンと撫でた。
何も言わないけれど、その仕草だけで優しさが伝わってきて、有希は胸がぎゅっとなった。

今にも泣き出しそうな顔をする有希に、

「場所を変えよう。」

和泉はそう言って立ち上がる。
まわりに人がいると話せないとでも思ったのか、そんな優しい気遣いに、有希はまた胸がいっぱいになった。



和泉に半ば強引に手を引かれて連れてこられたのは、お洒落なアパートだった。

「ここ…。」
「俺の家だ。」

「家の方が話しやすいだろう?」そう言って有希を連れ込む。
和泉が一人暮らしをしているのは聞いていたが、よもや今日連れてこられるとは思っておらず、緊張してしまう。
あまり物が置いていないシンプルですっきりとした部屋に、和泉らしさが感じられた。

「さて、話してもらおうか?」

和泉は有希をソファーに座らせると、自分も横に座り、眼鏡をくいっと上げた。

「あ、えっと…。」

何て言えばいい?
ただの焼きもちです、と言えと?
もとはといえば私が「和泉さんが優しいこと、皆に知ってもらいたい」と言い出したこと。
それなのに、仲良くしてるのを見るのが嫌だなんて。
そんなの私のわがまま。
そんなことあなたに言えるわけないじゃない。
呆れられたら困るもの。
だけどこの状況、言うまで帰してくれなさそう…。

言葉に迷って和泉を見ると、有希を見据えたままじっと待っている。
眼鏡の奥の瞳が、優しいけれど厳しい。

ええい、もうどうにでもなれ。
隠したってきっと和泉さんにはお見通しなんだ。
だったら言ってスッキリしてしまおう。

「嫉妬しました。和泉さんが女の人と楽しくおしゃべりしてたから。ただそれだけです。ごめんなさい。」
「そうか…。」

有希の言葉に和泉は考え込むようにしてしばし押し黙った。
そんな姿を見て、有希は泣きそうになった。
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