誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~

 そんな旧知の彼らにも、閑はよく『いい子になるなよ』と、笑われることがあった。
『そんなことはないよ、性分だよ』と、閑は答えていたけれど、本当は、そうではないことは、閑自身がわかっていた。

(チキンか……。瑞樹の言うことは正しい。俺は、本当に、他人に対して、臆病なんだろうな)

 閑自身、なんでもそつなくこなして、友人知人は多く、仕事柄関係なく、周囲に頼られることは多いが、世界中のすべての人に、愛されたいと思っているわけではない。

 けれど――自分は嫌われることを恐れている。そう、そのことを何よりも、自分は恐れている。

 記憶の扉が開きそうになって、ぐっと喉が締まる。
 とっさに胸元をつかみ、深呼吸をしていた。

「……やめよう」

 ここでああだこうだと考えていてもしかたない。
 閑はぼそりとつぶやいて、すっくと立ちあがる。会計をしてもらうつもりだったのだが、カウンターでひっそりとグラスを拭いていた初老のバーテンダーが、

「南条様より頂戴しております」

 と、やんわりと微笑んだ。

「今晩は、何から何まで、世話になりっぱなしだ)

 肩をすくめる閑に、バーテンダーは、「もちつもたれつのご関係では?」と、応える。

「そう……ですかね?」

 なんにしろ、今日ばかりは瑞樹に感謝するしかないだろう。
 少なくとも閑は、小春に真正面から向き合う気になったのだから――。

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