Piano~ピアノ~
Piano:どうすればいいんだろ?2
***

 1月に行われるライブの打ち合わせが結構長引き、終了したのは午後10時半をとうに過ぎていた。

 ライブハウス前でまさやんと別れ、とぼとぼ大通りを歩く。街のイルミネーションやカップル連れという目の前のキラキラしたモノを見て、ため息をついてしまった。

「中林さんとふたりで、歩いてみたいな――」

 思わず、ポツリと呟いた。

 片想いが嫌いなわけじゃない。むしろ相手を想ってる時の胸が温かくなる感じやキュンとなる感じは、結構好きである。しかしあからさまに嫌悪感をむき出しにされたり、拒絶されたりするとさすがに堪える……。

 何度目かのため息をついた時に目の前のカップルばかりの中で、ある1組に目が釘付けになった。

「中林さんだ……」

 サラリーマン風の男性がしきりに何かを手渡そうとしているのを、中林さんが両手をまぁまぁという仕草をして、必死になだめていた。

 それでも食い下がらずに、しつこくつきまとう。サラリーマンが彼女に抱きつくんじゃないかと思うくらいの距離まで、ぐっと近づいた。

 そんな彼から逃げようと中林さんが後ろを振り返りながら体を引いた瞬間、バチッと俺と目が合った。

「……?」

 不思議顔する俺に向かって柔らかな笑みを浮かべ、こっちに駆け寄ってくる。そして俺の左腕に迷うことなく、自分の腕を絡めた。

 状況が分からないままビックリして、ハニワ顔でフリーズするしかない。

「遅くなってごめんね、待った?」

 上目遣いで、中林さんが話しかけてくる。可愛らしい笑顔で下からじっと覗きこまれ、正直返答に困った。

「いえ、俺も今、来たトコだったんで大丈夫です……」

 何とか会話を繋げてみる。

 サラリーマン風の男性は、俺達の様子を驚いた目で穴が開くほど見つめていた。

 多分さっき俺が2人を目撃した時と、同じような顔だろう。

「ごめんなさい。私、彼氏いるんでプレゼントもメッセージのIDも受け取れません」

 俺の腕にぎゅっとしがみつきながら、ハッキリと言い放つ。逆の立場なら間違いなく、ブロークンハートだろう、お気の毒に――

 惨めな姿のサラリーマンに、とどめを刺すような声をかけてやるべく言葉を考えた。この方が、中林さんのためになるだろう――

「そういうことなんですみません、諦めて下さい!」

 冷たく言って中林さんと腕組みしたまま、彼をやり過ごして大通りを歩いた。

 暫く歩いてから振り返ると、寂しそうに佇んでいる可哀想なサラリーマンがこちらをじっと見ていた。

 隣で腕を絡めている中林さんに視線を移すと、柔和な笑みは消えていて、ぼーっと前方を見ながら歩いていた。

「有り難う、助かった」

 ポツリと一言、お礼を言われても困惑するしかない。

「いえ……。まだこっちを見たままなんで、このまま歩いていいっすか?」

 恐るおそる訊ねると、一つため息をついてから頷く。

 彼女にとっては迷惑だろうけど、俺にとってはサプライズなプレゼントだ。

 中林さんと2人、イルミネーションの中を歩く。しかも腕を組んで――周りから見たら、ラブラブなカップルに見えるかな。

 なぁんて余計なことを考えてしまう。さっき考えてた妄想が現実になるなんて、本当に嬉しすぎる。

「さっきの男をやり過ごすのに、アナタを利用しただけだから勘違いしないでちょうだい」

 幸せの余韻に浸っていると、中林さんがピシャリと言い放った。

 そうさ。たまたまあの場に居合わせただけなのだ。偶然だって分かっているけど……。

 俺が中林さんを見ると目が合った瞬間、すっと腕が解放された。温かかった彼女のぬくもりが、瞬く間に寒風で冷えていく。

 まるで2人の距離のように――

(これで終わりにしたくない!)

 両拳に力を込めて、息を大きく吸って腹にためた。

「あのっ」

「何?」

 素っ気ない中林さんの返答に、二の句が告げない。とりあえず、何か言わなければ……

「下の名前、教えて下さいっ」

「何で、アナタに教えなきゃならないというの?」

 取りつく島もない、冷たい言葉遣い。だけど負けるな俺!

「中林さんのことが知りたいんですっ」

 彼女が困った顔して黙る。今だチャンスだ! 何か言って引き留めないと、このまま終わってしまう。

 焦りに焦りまくった俺は、次に思いもよらない言葉を大きな声で言ってしまった。

「結婚して下さいっ!!」

 告げた途端、中林さんの両目が大きく見開かれる。

 学生の身分である俺――社会人の彼女に向かっていくら焦っていたとはいえ、何てことを言ってしまったんだぁ。

 背中は冷や汗ダラダラ、顔面蒼白である。

 何か言って訂正しなければと思う程、言葉が空を切った。口がパクパクするだけで、アホ面もいいトコである。

 焦りまくってあたふたする俺を見て、中林さんはお腹を抱え大笑いをしだした。

「アナタって人は何て大胆なの。自分の名前も言わずに、突然私の名前を聞き出そうとしたり、プロポーズしたり」

 大笑いしたためか、目に涙まで浮かべている。

「俺はこんなことを、言うつもりで言ったんじゃないんです」

「じゃあ、何を言おうとしていたの?」

 じっと顔を見つめられると、正直言いにくい……。顔がどんどん熱を持ち、赤くなっていくのが分かった。

 たった一言、好きですって言うだけなのに――

「あの……」

「そうね。この前髪をもう少しカットして、ワイルドに仕上げること」

 そう言って俺の前髪を右手でつまみ上げ、突然チェックを始める中林さん。

「えっと?」

「バンドやってるでしょ? 髪の長いお友達と」

「はい……」

「前から思ってたの。何となくキャラ被りしてるなって」

 摘まんでた前髪を人差し指に、クルクルと巻き付ける。

「アナタのような顔立ちは思い切って、オデコを出した方が似合うと思う。まぁ私の好みの話なんだけど」

 そう言って、ふわりと笑った。今まで見た柔和な笑みとは質の違う、穏やかな笑顔に頭がクラクラした。

 ――ヤバい。心が根こそぎ持ってかれた……。

 傍にいる中林さんを抱き締めそうになって、ぐっと堪える。ああ、もどかし過ぎる。

「今度のライブ、いつあるの?」

「来月、15日にあります……」

 ポケットに入ってたチケットを、そっと手渡した。いつでもどこでも誰にでも渡せるように、バンドマンとしてチケット持参は当たり前なのだ。

「これ……髪の長いお友達だよね?」

「先輩方が押さえ込んで、まさやんにメイクしたんです」

 先輩方との最後になるライブなので、どうしてもたくさんのお客を呼びたかった。故に女性客だけじゃなく、男性客を呼び寄せるべくのメイク。

 当時はこういうのが流行っていたから――笑っているように見えるが、しっかり怒っているまさやんの写真付きの貴重なチケットである。

「アナタ達のライブが気に入ったら、名前を教えてあげる」

 中林さんは真顔でそう言うと、踵を返して行ってしまった。

 俺は何も言えずその場に立ち尽くし、暫く呆然として頭を整理する。

 名前を教えてもらった先に、一体何があるんだろう――?
< 2 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop