Piano~ピアノ~
Piano:叶side⑯
***

 ひとりきりの夜は長い……。

 仕事が終わり、やっと自宅に帰る。待っててくれる人は誰もいないのに、玄関でついただいまを言ってしまう。

 真っ暗なリビングを見て、溜め息をつきながら電気をつける。ひとりきりになったら自炊する気にもなれなくて、コンビニに寄ったり外食で過ごしていた。

 今夜は疲れたので、そのまま帰宅。果たして家の中に食べ物あったかな。……戸棚をゴソゴソ漁ってみると、賢一が好きなカップラーメンがあった。

 お互い仕事をお持ち帰りしたときに夜食で食べていた物。それしかなかったので、しょうがなくお湯を入れて食べる。

「あれ……こんな味だったっけ?」

 美味しくないわけじゃないのに、何か味気ない。

 そのとき胸の奥が痛んだ。理由が意図も簡単に分かってしまったから。

 目をつぶって、ラーメンを無理やりかきこむ。賢一のことは考えないようにしなきゃ、もう忘れなきゃいけない。自分から、さよならと言ったんだから。

 アメリカでもちゃんと、ひとりで生活ができたじゃない。何やってんだろ。

 アメリカのことを考えたら、一緒に過ごしたクリスマスを思い出した。マンハッタンで見た夜景を。レストランで食べた食事を。メトロポリタン美術館で、同じ絵を好んだことを……。

 涙がひとつ頬をつたう。

 堪らなくなって、洋服タンスから賢一のトレーナーを引っ張り出した。いつも淡い色の物を着る賢一。淡い色の中に必ず赤い色の物を身に付けていた。
 
 ベルトだったり、靴ひもだったり――。

『だって叶さん、赤が好きでしょ? こうやって身に付けてると離れていても、傍にいる感じがするんだ』

 今の賢一は、どうしているんだろう。

 涙が止まらず、トレーナーをどんどん濡らしていく。こんなに泣き虫じゃなかったはずなのに、いつから弱くなってしまったんだろう。

「賢一……」

 傍にいないだけで、こんなにも淋しいなんて。

 改めて想いの深さを知る。いつも私を笑わせてくれた、愛しいアナタの笑顔。

 ひとりきりの夜は長い、まるで永遠のように……。
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