龍使いの歌姫 ~幼龍の章~
「そんなの勝手すぎるもん!馬鹿馬鹿馬鹿!皆馬鹿だよ!酷いよ!」

人が龍に勝てる手段はない。だから、生まれたその瞬間無力な存在にする。

それは、人間のただの我が儘だと、聞いていたレインも思った。

「……龍を取り上げろ」

神官がそう言うと、ハサミを持っている男の一人が、龍の赤ん坊を取り上げようとする。

「やだ!止めて!……はむっ!」

龍の子を取り上げようとした男の手に、ノノンは噛みついた。

「いっ!」

「この餓鬼!」

もう一人の男がノノンを殴ろうと手を振り上げる。

すると―。

「ぐっ!」

男の手の甲に熱が走り、それはすぐ痛みに変わった。

「……どうやら、侵入者はもう一人いたようだな」

神官が柱へと視線を移すと、他の男達も柱を見る。

そこには、弓矢を放った姿勢のまま片膝を着いたレインがいた。

勢い良く飛び出したせいで、フードが外れ、赤い髪が見えてしまっているが、それでもレインは構わなかった。

「お、お前……」

父親は、ノノンと一緒にいたレインが、忌み子だとは思わなかったため、狼狽えている。

「貴様は、ディーファか。……龍を殺す大罪人」

「その子に、何をするつもりだったんですか?」

レインは再び矢を構える。

「幼い子に手をあげるなんて最低です。その子から離れてください!」

「……ディーファは生きていてはならない。……殺してしまえ」

「「はっ!!」」

命令された部下達は、レインへと走りよる。だが、全員が来てくれるのなら好都合。

レインは身を翻し、神殿を出た。

「逃がすな!」

「お姉さん!」

レインを神官達が追い掛けたのを見て、ノノンも走り出そうとした。

だが、その手を父親に掴まれる。

「なるほど。お前がおかしな行動をしたのは、あの忌み子のせいだったのか」

「違うもん!お姉さんは、お母さんみたいに優しくて、温かい人だもん。お姉さんのこと知らないくせに、悪く言わないでよ!」

ノノンに言い返され、父親は顔をしかめる。

「お父さんに向かって、子供が何て口を聞くんだ!」

「大人なら何をしてもいいの?人間はそんなに偉いの?だったら私、大人になんかなりたくないし、人間でいたくもない!」

ノノンは抱えていた龍の子を背中に隠し、父親を睨んだ。

「渡しなさい。ノノン」

その辺に落ちていたハサミを拾い上げ、父親はノノンへと距離を詰める。

「さぁ!」

「……この子を渡すくらいなら、いっそ私を殺せばいいわ。お父さんは結局、私なんかいらなかったんだ!」

いつもいつも仕事ばかりで、母の話も聞かせてくれなかった。

けれども、たった一人の家族だから、ノノンは父親の言うことを素直に聞いていた。

「……融通の聞かないところは、あの女そっくりだな」

不意に、父親のまとう空気が変わった。冷たく、ぞくりとする瞳が、ノノンを見下ろしている。

「お前の母親も、何かと言えば俺に歯向かった。ただ、俺の言うことを聞いていれば、死なずにすんだのに」

「………お父………さん?」

「……ああ。そうだなノノン。俺はお前はいらなかった。俺は竜さえいれば良い。お前の母さんは竜の医術師だったから、近付いただけだ」

父の言った言葉が、頭の中をぐるぐると巡った。

(お母さんが……竜の医術師?)

母が竜のお医者さんだったなど、初めて聞いた。

「旅をしていたらしくてな。この村の竜を診ていたんだ。生まれたばかりの赤ん坊を連れてな。女一人じゃ大変だろうからと声をかけ、一緒に住んだんだが。竜のあり方にしょっちゅう口を出してきた。だから―」

父はハサミで首を指差す。

「うっかり殺しちまった。お前はあの女にそっくりだ」

「………」

自分が父の娘で無かったことよりも、父が母を殺したことの方が、ノノンには衝撃的だった。

「大人にもなりたくない、人間でいたくないのなら、死ねば良い」

父がハサミを振り下ろす姿を、ノノンは呆然と見ているしかなかった。
< 31 / 60 >

この作品をシェア

pagetop