独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
「アーベル様、そこに立たれると邪魔なんですけど」
「じゃあ、ここに座る」
「——そこは、もっと邪魔です。座るならそこにしてください」

 目の前にアーベルが立つものだから、手元が暗くなって困る。
 横に座って、手元をじっと見つめられるともっと困る。少し離れた場所に置かれている椅子を手で示したら、アーベルは露骨につまらなそうな顔になった。

「そんな離れたところからじゃ、よく見えないだろ?」
「見なくていいです。だいたい——あ、パウルス! どうしたの?」

 裁縫室にパウルスが飛び込んできて、フィリーネは意図的にアーベルとの話を打ち切った。パウルスは真っ先にフィリーネの方に駆け寄ってくる。

「レースが届いたって。一緒に受け取りに行こ——って、アーベル殿下! 失礼しました」

 アーベルが側にいるのに、パウルスはようやく気付いたらしい。慌ててぺこりと頭を下げる。パウルスの登場に、アーベルはむっと口角を下げた。

「行くわよ。だって、今回はクラインさんのお店の看板の脇にかけるための札も届いたのでしょ。やっぱり、王家の人間が一緒に行かないとまずいと思うのよ」

 アーベルが、何か言いたそうにこちらを見ているが、今は気にしている場合ではなかった。
< 229 / 267 >

この作品をシェア

pagetop