いちばん近くて遠い人
「正直なところを言います。
 今日配属されたので分かりません。」

「そう。」

 片眉を上げた岩城様はいかにも不満そうだ。

 私は無い唾を飲み込んで付け加えた。

「でも加賀は何も考えずにアシスタントを変えるような人物ではありません。」

「へぇ。」

 今度は両眉を上げ、射抜くような眼差しを向ける岩城様から目を逸らしてしまいたい。
 けれど逸らしてはダメだ。

 だから見つめたまま続けた。

「自分の勝手な解釈では………………。」

「ほう。聞かせてもらおうじゃない。」

 不安な気持ちが渦巻いて次の言葉がなかなか出てこない。
 けれど言うしかない。

 頭には「伸び伸びやれ」と言った加賀さんの大らかな声がよぎった。

「岩城様の胸を借りて精進しろ。ということだと………。」

 しばしの無言。
 もう耐えられなかった。

「すみません。お客様にこのような………。」

「アハハハハ。加賀くんみたいな腹黒い奴によくついて来れるだけはあるよ。
 ねぇ。加賀くん?」

 え?加賀さん?え?

 疑問はすぐ解決した。
 決まりが悪そうに加賀さんが顔を出した。

「岩城様。腹黒いは言い過ぎです。」

「そう?
 そんなところで聞き耳を立ててたくせに。」

「失礼しました。
 入っていくタイミングを逃しただけです。」

 どこまでが本当?

 何がなんだか分からない。
 1人混乱する私に岩城様は優しい顔でこちらへ向き直った。

「私は泣き言を言う奴は嫌いだよ。
 だけど頼られるのは嫌いじゃないね。」

 両手を取られて、その手は温かかった。
 私はこの温かさを知っていた。

 さっき撫でられた加賀さんの手の温もり。

 涙が出そうになっているところへ驚くべき言葉をかけられた。

「野々村さんの昇格祝いと新米アシスタントの配属祝いにこのマンションを決めようじゃないか。」

「え……え?」

 驚いて涙なんて引っ込んでしまった。

「ありがとうございます。」

 涼しい顔で頭を下げる加賀さんと岩城様を交互に見比べた。

「ハハッ。南ちゃん。景気付けよ。
 9割は決まってたけどね。
 なんだか面白くなかったのさ。
 加賀くんの手柄になるのがね。」

「つれないことを仰らないでください。」








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