いちばん近くて遠い人
「酒井様。
 今日はお忙しいところお時間を取っていただいてありがとうございます。」

 小柄なハキハキしてそうな奥様と、穏やかそうなご主人。
 幸せを絵に描いたようなご夫婦だ。

「あら。こちらは?」

「新米のアシスタントです。」

「南です。
 至らぬところもあると思いますが……。」

「私がフォローしますのでご安心を。」

 被せるように言われて、言ってはいけない台詞だったのだと口を噤んだ。

「これはまた美男美女で。」

 ご主人がホクホクした顔で言った。
 するとみるみるうちに奥様の表情が険しくなる。

「ちょっと。いくら南さんが美人だからって鼻の下伸ばし過ぎ。」

「いや〜。黙ってても絵になるなって。」

 何を言えばいいのか正解が分からない。
 また言ってはいけない台詞を言ってしまいそうだ。

「本当、嫌になっちゃう。
 あなたっていつもそう。」

「そんなことないよ。」

「この前だって………………。」

 ダメだ。私に営業は向いていない。
 ただ立っているだけでお客様の喧嘩の火種になっている。

 傍観していた加賀さんがにこやかに2人の会話に割って入った。

「嫌だなぁ。奥様もご主人も。
 私達、寂しい独り身に見せつけないでくださいよ。」

 顔を見合わせた2人は言い争うのをやめた。

「見せつけるって、そんな。
 だいたい加賀さんが1人って、不思議。
 放っておかないでしょ。」

「いえいえ。私など。
 人間としてまだまだ未熟者でして。
 さぁ。自慢のマンションを見て頂けませんか?」

 なんというか、言い方、それから言うタイミング、そしてきっと言う人の人柄も。
 どれを取っても上手いと言うしかない。

 加賀雅也………侮れないな。

 尊敬しつつも警戒する気持ちを新たに、加賀さん、そして酒井夫婦の後に続いた。












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