いちばん近くて遠い人
19.触れて撫でて抱き締めて
 事務所に戻ると加賀さんに「行くぞ」と声をかけられた。

「え、どこへですか?
 今日は一日、事務所だって……。」

「説明は後で。とにかく行くぞ。」


 着いたのは病院だった。

 病院に営業とは考えにくい。
 誰かのお見舞いに来たみたいだ。

 途中で女性誌を何冊か買ったところから相手は女性だろう。
 何より、ここは産婦人科。

 まさか……妊娠させた女の人へのお見舞いに付き合わされるの?

 不安げに加賀さんを見つめてみても、なんだか様子がおかしくて余計に不安になる。
 目を合わせてくれない。

 車に乗り込む前からずっと。

 運転中だから?
 私が余計なことを考え過ぎているせい?

 説明は後、の説明もなければ、何も話さない加賀さんに不安を募らせた。


 駐車場に車を止めた加賀さんはため息を吐いて、やっと口を開いた。

「酒井様の奥様が妊娠された。」

「え……そうなんですか?
 それはおめでたい……んですよね?」

「あぁ。妊娠自体はな。
 ただ、体調を崩されて入院している。
 無理を言って見舞いさせてもらうことになった。」

 淡々と話す加賀さんがどこかおかしくて、けれどこちらを見てくれない加賀さんに何も言えなかった。




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