半人前霊能者シリーズエピソードZERO 幽霊様のお導き
***

 この頃の私の働き方はOL業を昼間にして、それが終わったら自宅で心霊カウンセラーの看板を掲げて仕事をしていた。当時のオカルトブームも手伝っていたので、お客は絶えることなくやって来る。それは婚期を逃す勢いだった。

 そんなある日――。

「こんばんは、衣笠先生。ヨロシクお願いします」

 目の前に現れたイケメンに、ちょっとだけ心がときめいてしまった。観賞用としては最高の逸材だ。

「はい、ヨロシク。今日のご依頼内容は、何でしょうか?」

「引っ越してからなんですが、夜まともに眠れなくなってしまったんです……」

 彼の背後をじっと視る。すると残像が微かに残っていた。書いてもらった必要事項欄に、改めて目を通す。

(名前は三神勇人(みかみ はやと)私より4歳も年下か)

「最近ここに書かれた住所に、引越しされたんですね?」

「はい。以前住んでいた場所が繁華街のすぐ近くということもあり、とても騒がしかったんですが我慢していたんです。我慢しながら引越し先を探していたところに、今のところを格安でお世話をしてもらって」

 格安物件=結構な確率で、ワケアリ物件だったりする。前の住人が孤独死していたり、殺人事件が起きていたりと、死ネタが隠されていることが多々ある。他にも、お隣さんがワケアリとかね――。

「今から、三神さんのお宅に伺ってもよろしいですか? 霊的になんですがね」

「霊的にですか?」

「ええ。私の意識を三神さんのお宅に飛ばして、原因を調べてみます。少しの間だけ静かにしていて下さい」

 左手に数珠をかけて手を組んだ。瞳を閉じて意識をそこに飛ばす。

「三神さんのお宅……。マンション、モスグリーンの扉、704号室前に到着しました」

「えっ!? もう着いたんですか、早い」

「玄関の脇に絵が飾ってありますね。パステルタッチの柔らかい花の絵」

(感じる……。リビングに何かいる気配――)

「仰るとおりです、すごいなぁ」

「一人暮らしなのに、部屋の中はキレイに整頓されていますね。私、見習わなくちゃ」

「いえいえ。何だか家の中を丸裸にされてるみたいで、正直お恥ずかしい限りです」

 ゆっくりと目を開けて微笑むと、三神さんは頬を赤らめたまま頭を掻いていた。

「夜、まともに寝られないとここに書いてありますが、具体的に何かされているとかないですか? 多分女の人に……」

 ズバリと指摘してみたら呆気にとられた顔をするなり、なぜか拍手をされてしまった。

「そうなんです。毎夜女の人が現れて、寝てる僕に抱きついてくるんですよ。断っても離してくれなくて」

「それでは今夜、眠る前に私のことを思って下さい。助けを求める感じで」

「衣笠先生のことを想う……。助けを求める感じよりも、違うことを思ってしまうかも」

「ダメですよ。きちんと強く助けを求めて下さい」

(突然、何を言ってんだろ。この男は……)

 半ば呆れながら注意すると先程よりも顔を引き締めながら、じっと見つめられてしまった。

「衣笠先生は、付き合ってる方がいらっしゃるんですか?」

「こんな商売をしてるんで、いないんですよ。父に見合いを勧められている状態です」

「それなら、僕と付き合って下さいっ!」

 いきいなりの展開に声が出ない。幽霊相手ならすかさず除霊するところだけど、相手は生きている人間なワケで、追い払うに祓えないのである。

 突然のことに絶句する私を見つめつつ、三神さんは語気を強めて話しかけてきた。

「間違いなく衣笠先生のほうが年上でしょうし、僕はこんな身なりなので間違いなく頼りないと思えるでしょうが、貴女を想う気持ちは誰にも負けませんっ!」
 
 そんなことを語られても、逢ってまだ20分と少々しか経っていない。この状況に、心底困り果ててしまった。

「……私に一目惚れでもしたんですか?」

「はいっ。目が合った瞬間に恋に落ちましたっ!」

 しかも、その勢いに飲まれそうな自分がいる。三神さんがいい人なのは、もっているオーラから伝わってきていた。とてもピュアな感じのもの――。

「三神さん、貴方の様な普通の人が霊を相手に仕事をしている私と関わり合いになったら、間違いなく苦労すると思いますよ」

 今まで付き合ってきた人たちをたとえにして、分かるように教えてあげた。私に相手にされない霊が、当時付き合っていた彼氏に流れてしまうということが、ごくたまにあった。

 それなのに首を横に振り、全然平気だと示す。

「苦労しない人間は、どこにもいないですよね。僕としては、何でも経験してみたいと思ってます」

 この人……名前どおりの勇ましい人なんだな。

「すみません。急な話なので、一晩考えさせて下さい。だけど今夜は、きちんと助けを求めて下さいね」

 念をしっかり押して、この日は帰ってもらった。
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