王子様と野獣
「いたよ、彼氏くらい。すぐ別れたから知らないだけだし。それに、千利にそんなこと決めつけられるのおかしい! 確かに、あんな小さな時の一目ぼれは信用ならないけど。今は私、大人になったあさぎくんをちゃんと見て、それでやっぱり好きって思ったんだから」

「……分かったよ、じゃあ勝手にすればいい」

カッとなった様子の千利は、そのまま部屋を飛び出して行ってしまった。

「ちょ、千利!」

「俺、追うよ」

「わ、私も」

「モモちゃんはここで待ってて。夜は危ないから」

そういってあさぎくんまで出て行ってしまう。私は途方に暮れた気分で彼らの出ていった扉を見ていた。
言い過ぎたかもしれない。でも、間違ったことは言っていない。

何にも知らないくせに、嫌いだなんておかしいよ。話してみたら、千利だってわかるはずなのに。
あさぎくんが、どれだけ真面目で、少し臆病なくらい優しいってことくらい。

「……あ」

そんなこと考えていたら、気づいてしまった。

あさぎくん、あなたもだよ。
実のお父さんに何も知らないくせに、嫌っている。
『愛している』と言われたことが嫌だったっていうけど、その背景を推し量れるほど、あなただってお父さんのこと知らないんでしょう?
ちゃんと話もしないで、嫌いって思いこむのはおかしい。

それにお母さんのことだって、自分のせいで大変だったはずって思いこんでいるけれど。
私のお母さんは、私が生まれて嬉しかったって言ってた。
うちは貧乏だし、お父さんとお母さんとたくさんの兄弟でいつも苦しかったけど、千利だって万里だって十和だって、ひとりだっていなくなればいいなんて思ったことがない。むしろ頑張る力になるって。

子供がいるって、そういうことなんじゃないの。
あさぎくんのお母さんだって、あさぎくんがいて助けられたこと、いっぱいあるはず。
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